篠原鳳作は無季俳句の実作と理論で俳句表現の新たな領域を切り拓こうとした俳人。鹿児島市の出身。大学卒業後に宮古島の旧制中学校に勤めていた時、有季の俳句作成に困難を感じたところから無季俳句へと舵を切り、その後自覚的に社会的な主題なども扱うようになり、初期の俳句新興運動に大きな足跡を残した。しかし、残念ながら30歳という若さで急逝している。
私撰10句
炎天につかへてメロン作りかな
帰省子に年々ちさき母のあり
独り居の灯に下りてくる守宮かな
雪晴のひかりあまねし製図室
しんしんと肺碧きまで海の旅
莨持つ指の冬陽をたのしめり
一塊の光線(ひかり)となりて働けり
昇降機吸はれゆきたる坑(あな)にほふ
咳き入りて咳き入りて瞳(め)のうつくしき
にぎりしめにぎりしめし掌に何もなき
篠原鳳作
1906 - 1936