読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

鍵谷幸信編 日本の詩『西脇順三郎』(ほるぷ出版 1975)

ほるぷ出版西脇順三郎詩選集。『ambarvalia』と『旅人かへらず』が全篇収録されているのが特徴。今回は『旅人かへらず』全篇読むことが主眼。日本的シュルレアリスムの詩集『ambarvalia』から後退したと捉える読み手もいる『旅人かへらず』であるが、淋しさと存在と永遠と美と諧謔との関係性がはじめて明確に打ち出された転回点ともなる詩集であり、その後の作品展開をみるうえでも大変重要な詩集であると私は考える。

うつつは淋しい
淋しく感ずるが故に我あり
淋しみは存在の根本
淋しみは美の本願なり
美は永劫の象徴
(『旅人かへらず』三九 部分)

生と死、有と無を超えた合一を見据えているところはリルケにも通じているような気もするのだが、リルケの崇高に向かう痙攣に対して、西脇順三郎諧謔に向かう痙攣を呼び起こす詩を作っているところに違いがある。現世の価値観だけに振り回されていない凡俗から離れた詩人の姿勢がまぶしくて、じっくり観察してみたいと、すこしずつ全部の詩に目を通すようにしているところ。近所の図書館にはリルケの全集は置いてあるが西脇順三郎の全集やコレクションは置いてないので、あるものから読み拡げていっている。

本選集の収録内容は以下のとおり。
『ambarvalia』(1933)全篇
『旅人かへらず』(1947)全篇
『近代の寓話』(1953)から7篇と序
『第三の神話』(1956)から5篇
『失われた時』(1960)から1篇
『豊饒の女神』(1962)から1篇
『えてるにたす』(1962)から1篇
『宝石に眠り』(1963)から2篇
『禮記』(1967)から4篇
『鹿門』(1970)から6篇

刊行時点で既刊の詩集から比較的まんべんなくとられているところが西脇順三郎初心者にはありがたい。『えてるにたす』から採られた「菜園の妖術」では、生涯詩魂が向かう先であった永遠を詠いあげるのに『バガヴァド・ギーター』から「ブラーマン」が呼び出され連呼されるようなところもあり、一読者として『旅人かへらず』からの詩人の歩みがなんだかわかったような気にもなったりするのだが、「永遠という光線を通してみる/とすべてのものは透明になつて/みえなくなるわ」という詩句と「ひとりのさびしい旅人がゆまりする/音がきこえるばかりだ」という詩句が同居する詩を読んでみると、諧謔が起こる側の存在の不透明性や抵抗感のうつろう様にクラクラして、人間ていったい何なのだろうと分からなくなるのだが、その分らなさは嫌なものではなかったりする。詩人の諧謔のおかげである。

 

西脇順三郎
1894 - 1982
鍵谷幸信
1930 - 1989

参考:

uho360.hatenablog.com

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