読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

西脇順三郎 詩集『人類』(吉岡實装丁 筑摩書房 1979) 瓢箪、ヒョウタン、ひようたん

西脇順三郎85歳での最後の詩集。1970年以降の作品を集めたものというから70代後半からの作品が収められている。全66篇。創作のエネルギーが落ちることなく作品に凝縮されているところがすばらしい。

戦後初の詩集『旅人かへらず』で「淋しく感ずるが故に我あり」と言い放って以降40年以上のあいだ、年を重ねるごとにその詩魂の根底にあるものを磨き上げてきた最終成果としての作品である。足をふらつかせながらも坂を上り下り東京の街を歩き、ふるえる手でも酒を呑み、肴をつまむ。最後まで肉体的にも精神的にも乾いた哀感をまといつつ諧謔の精神で突き抜けた生を送った詩人の繊細でもある強さにあやかりたいと思っての再読となった。

野原は繁栄から
没落へ曲がつている
真直ぐに歩いたと思つても
ひようたんふくべのようになる
上つても下つている
みどりをぬつても黄色くなる
光つても暗い
存在は哀愁だ
永遠も無限も
考えることも哀愁だ
「我れ哀愁を感ずるが故に
我れあり」とデカルトは言わなかつた
(「ドングリ」部分)

ドングリ、ドジョウ、ミョウガ、ナス、ヒョウタン。これらは本詩集で西脇順三郎が思いを託す生きたものの形象の代表的なもので、いずれも紡錘形で表面にテカリがある。曲線からなるこれらの形象は方向性を無効にするものとして詩人の愛するものである。特にナスとヒョウタンは、ひねりの入ったより複雑な紡錘形を形づくっているところで、ひときわ好ましいものとして取り上げられているようだ。作品への出現回数も多いことに加えて、漢字、カナ、ひらがな三通りの表記が使いわけられているところにも特別感がある。

ナスとヒョウタンのある宇宙で、精神をもって生きる人間という存在を慈しみ可笑しむ。人生の後半、下り坂の進み方として倣いたいと思った姿勢である。

 

西脇順三郎
1894 - 1982
吉岡實
1919 - 1990