モダンな詠風はいまも瑞々しさを感じさせる。昭和初期にフィクションを持ち込みながらのリアリズム表現を達成したことは、俳句表現に新しい風を吹き込み表現の可能性を大きく広げたのではないだろうか(ちょっとブラウニングを連想したりした)。客観写生と花鳥諷詠の徹底を説いた師の高浜虚子により俳誌『ホトトギス』同人から除名処分を受けたことは、逆に日野草城の詠風の強さと新しさを証明していよう。
私撰20句
春の夜や脱ぎぼそりして閨の妻
ところてん煙のごとく沈みをり
人を焼く煙立ちゐて山眠る
研ぎ上げし剃刀にほふ花ぐもり
ものの種にぎればいのちひしめける
熊の檻飽食の肉凍てにけり
なま〱と緋の濡れてゐる水着かな
髪油にほふ雨月の傘の内
寒灯や陶は磁よりもあたゝかく
重ね着の中に女のはだかあり
あめりかのかりふおるにあのひなまつり
籠のどか欠勤届二三枚
としよりのきよらに痩せて佇める
木の股に居てかんがへてゐるとかげ
蟻の死や指紋渦巻く指の上
冬薔薇の咲くほかはなく咲きにけり
夏の闇高熱のわれ発光す
切干やいのちの限り妻の恩
凍る闇死にたる猫の声残る
見えぬ目の方の眼鏡の玉も拭く
日野草城
1901 - 1956