読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ウンベルト・エーコ 編著『美の歴史』(原書 2004, 訳書 東洋書林 2005)西洋美術と美学に関するかなりすぐれた教科書または副読本

本文に匹敵する分量の各時代の美に関わるテキストの引用が贅沢な一冊。全ページカラーの図版も豪華。全439ページ、値段も本体価格8000円、手元に置いて気になったときに眺めることができれば一番いい商品なのだが、田舎の一軒家で隠居暮らしができるようになっていないと、物理的になかなか手元に置いておくことは難しい。本書だけでも結構な存在感だが、これが一冊あったら、他にもいろいろ画集や美術関係の大型本も揃えたくなってしまうので、罪作りな一冊ともいえる。
本人の心理的な履歴はどうかは知らないが、はたから見れば仕事も交遊も好き勝手やってどうにかうまく行けたバルテュスの城住まいに有ったら、そうだよねと頷くことのできるような一冊。経費のこととか考えずに城に住んで、美というのはどういうものだろうかとか考えながら、発酵食品でも少し作りつつ過ごしてみたい。21世紀なのでWiFiくらいはありで。

※全体的に、なんとなく嫉妬したので、本書に名前の出て来ない画家の名前をあげて、なんとなく憂さを晴らしています。知的にも金銭的にも負けていると思うと、つい卑屈さが顔をのぞかせてしまいます。

計算可能であることはもう客観性の基準ではなくなり、どんどん複雑化していく空間描写(透視画法の変化、歪像作用)の単なる道具にしか過ぎなくなっていき、均衡のとれた秩序は保留状態にされた。近代になってようやく、マニエリスムが完全に理解され、価値を認められたのは偶然ではない。美から計測と秩序と比例という基準を奪われれば、必然的に、美は主観的で不明確な判断を基準に向かわざるを得なくなる。この傾向の象徴的事例は、アルチンボルドの描いた人物像である。
(9 優美から不安の美へ 2.「マニエリスム」 p220 )

趣味判断の相対性。絶対的基盤が欠けていることからくる流動性の不安と、時に不安にもまさる嗜好があらわれてきて魅了する呪縛。
ちなみに引用部分の執筆者は、共著者のジローラモ・デ・ミケーレ。本書の約半分は彼の手になるもの。章べつに割り当てがあったようだが、本文の印象や引用文献の傾向が二人のあいだで違っているといったことは感じることはなかった。

 

【付箋箇所】
113, 126, 133, 209, 220, 246, 264, 282, 317, 321, 346, 351, 375, 383, 399

 

目次
1 ギリシアの理想美
2 アポロ風の美とディオニュソス風の美
3 均衡と調和の美
4 中世の光と色彩
5 怪物の美
6 牧場の少女から天使のような貴婦人へ
7 15・16世紀の魔法の美
8 貴婦人と英雄
9 優美から不安の美へ
10 理性と美
11 崇高
12 ロマン主義の美
13 芸術至上主義
14 新しい物体
15 機械の美
16 抽象的な形から素材の深みへ
17 メディアの美

東洋書林 ウンベルト・エーコ 編著『美の歴史』 


ウンベルト・エーコ
1932 - 2016
ジローラモ・デ・ミケーレ 共著

植松靖夫 監訳
1953 -
川野美也子 訳