読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

カール・ヤスパース『歴史の起源と目標』(原書 1949 理想社ヤスパース選集9 1964)人間と歴史はオープンエンド


世界同時的に古代の思想家があらわれた紀元前500年前後を枢軸時代という観点で提示した著作。枢軸時代の観点は著作全体におよんでいるが、特に第一部で重点的に取り上げられている。枢軸時代ははじめて「人間の生存が歴史として反省の対象となる」時代で、この反省において精神の「破開」があらわれたととらえられている。精神の新しいステップによって、人間の歴史的展開にはじめて加速がついた時代。先史時代のゆるやかな反復中心の世界から、歴史の激動がはじまった時代。そして時代は飛んで、第二次世界大戦以降の現代世界は、全世界規模での戦争を経て世界をひとつのつながりとして考えなくてはならない、もうひとつの軸の時代に入っているという指摘が第二部、第三部でなされている。
現代は、地理的に閉じた世界の限界を前にして反省し、終わりのない歴史の中で次の一歩を集中的に模索しなければならない時代とされる。模索の対象としては、特に、近代科学技術の進展とともに機械化が生活の深部まで行き渡り、故郷喪失状態になってしまった人間の描写が印象に残る。

人間が強大な機構の部分に化した事実は、いわゆる検査(テスト)による人間の解釈に明らかである。種々雑多な個別的性質が試験にかけられ、人間は検査成績に表わされる数や量によって分類され、これを基としていろいろな集団、類型、等級に整理される。たしかに個人としての人間は、交換できる材料に自己を転化されるのに抵抗し、レッテルを貼られて分類されるのに反対である。しかしながら、世を挙げての趨勢が、このような選択技術をやむをえないものとしている。この場合選択を行なう者自身が人間なのである。誰が選択する者を選択するのか? 選択する者は自身が機械装置の一部なのである。装置や計測は彼によって機械的に操作される。
(第二部 現在と未来 第一章 本質的に新たなもの 科学と技術 Ⅱ 近代技術 b 労働の本質 2「近代技術の断層以後の労働」p207 )

問題解決に必要なものは何か? 第二部第三章「未来の問題」において、「危険は、非寛容、倦怠、無益の気分にある」(p375)とし、「寛容の精神」「不屈の根気」「不動の信念」が必要だとヤスパースは言う。「寛容の精神」「不屈の根気」「不動の信念」もまた検査(テスト)の対象となり、計量分類されるに違いないが、それでも検査(テスト)と結果をやり過ごす別の評価軸や別の選択肢を機械装置の隙間に差し込むゲリラ活動は、息継ぎしつつ継続していくべきものであると思う。余暇と遊戯を機械に紛れ込ませて遊具にできれば上出来だ。

見田宗介の著作の記述に誘われて本書を手に取った。目次など、柄谷行人の『世界史の構造』などとも似ているので、関連性を考えたりしながら読むことも可能かと思う。柄谷行人の『世界史の構造』とヤスパースの『歴史の起源と目標』を比較するならば、歴史を通時的に扱っていることもあってヤスパースのほうがとっつきやすい。柄谷行人の『世界史の構造』は歴史的な部分と交換様式という形式的なものが絡み合った記述なので読み解きはちょっと面倒かもしれない。


【付箋箇所】
27, 82, 93, 96, 107, 113, 161, 176, 187, 195, 206, 207, 232, 245, 246, 275, 281, 283, 300, 309, 322, 333, 348, 361, 375, 410, 426, 431, 434, 442, 444, 451, 456, 459, 496, 503

目次:
第一部 世界史
 緒論 世界史の構造
 第一章 枢軸時代
 第二章 世界史の図式
 第三章 先史時代
 第四章 古代史上の高度文化反復
 第五章 枢軸時代とその結果
 第六章 西洋の特異性
 第七章 東洋(オリエント)と西洋(オクシデント
 第八章 再論 世界史の図式

第二部 現在と未来
 第一章 本質的に新たなもの 科学と技術
  Ⅰ 近代科学
  Ⅱ 近代技術
 第二章 現代世界の直面する状況
 第三章 未来の問題
  Ⅰ 目標、すなわち自由
  Ⅱ 基本的傾向

第三部 歴史の意味
 第一章 歴史の限界
 第二章 歴史の基本的構造
 第三章 歴史の統一性
 第四章 現代の歴史的意義
 第五章 歴史の克服


カール・ヤスパース
1883 - 1969
重田英世
1924 -