20世紀のドイツとソヴィエトの詩人のアンソロジー。ドイツは第一次世界大戦とナチスに、ソヴィエトはロシア革命によって人生を翻弄された時代の詩人たちとなる。ドイツの詩が観念的で精神世界が描出されるような傾向があるのに対し、ソヴィエトの詩は大地や身体がにおい立つような生々しい表現に向かう傾向があるようだ。
本詩集では、トラークルとツェラーンは詩的言語が醸し出す禍々しさがとびぬけていて別格な印象を受けるが、ほかの詩人たちもそれぞれ特徴があって訳詩であっても読ませる。同シリーズの『世界詩人全集 20 現代詩集I フランス』のように一国ずつ分冊可能であればもっと凝縮度が出て大変ありがたいものに成っていたと思うが、今よりも読者がいたであろう時代にあっても商品として考えた場合は、そう簡単に編集出版していいわけのものでもなかったのだろう。
つい先日読んだエルンスト・ブロッホの希望に関する文章の影響もあって、エンツェンスベルガー(1929 - )の「シシュポスへの忠告」は特に印象に残ったもののうちのひとつ。後半部分はこうなる。
黙っていたまえ 石がころがって行くあいだ
太陽と一言をかわすのはよいが
自分の無力に思いあがるな
その代り 世界の怒りを増加せよ
百ポンド または一グラン
見こみもなしに黙々とはたらき
草のように希望を引きむしり
鳴りわたる哄笑を 未来を
怒りを山上へ押し上げる男
世界はこの男たちの乏しきにたえない
(エンツェンスベルガー「シシュポスへの忠告」部分 川村二郎訳 p146 )
自身の希望を引きむしった後になお故しらず噴出する哄笑、未来、怒りがバージョンアップされた希望、遍満してゆく希望の空気なのかもしれないと思った。複数のひとびとの乏しさが世界の自壊変容を強いるのだろう。
ちなみにエンツェンスベルガーは『数の悪魔 算数・数学が楽しくなる12夜』などの散文を書いている作家でもある。児童向け散文作品がいちばん身近になっているが、1971年時点で全詩集も日本語訳されている模様。
収録詩人:
【ドイツ】
ゲオルク・トラークル 訳:高本研一
ベルトルト・ブレヒト 訳:長谷川四郎
ゴットフリート・ベン 訳:富士川英郎
オスカー・レルケ 訳:神品芳夫
ペーター・フーヘル 訳:井上正蔵
ネリー・ザックス 訳:生野幸吉
インゲボルク・バッハマン 訳:生野幸吉
ヨハネス・ボブロウスキ 訳:長谷川四郎
パラル・ツェラーン 訳:飯吉光夫
ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー 訳:川村二郎
【ソヴェト】
アレクサンドル・ブローク 訳:水野忠夫
セルゲイ・エセーニン 訳:樹下節
ボリス・パステルナーク 訳:江川卓
エヴゲニー・エフトゥシェンコ 訳:草鹿外吉
アンドレイ・ヴォズネセンスキー 訳:小笠原豊樹
ベラ・アフマドゥーリナ 訳:安井侑子
ブラート・オクジャワ 訳:小笠原豊樹