読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

森田邦久『理系人に役立つ科学哲学』(2010)

実用的な科学哲学入門書。理系研究者が実際の研究をするにあたって知っておくべき科学哲学がコンパクトにまとまっている。文系の人間にも読めないわけではないが、各トピックに顔を出す科学理論については知らないことが多い。虚時間って何? 未知の世界の端にふれて、すこしドキドキできる。

量子力学の形式のひとつとして、ファインマンによる経路積分法あるが、この形式では、ポテンシャルの壁をトンネルする量子は形式上、虚時間中を運動することになる。そして、物理学者のアレキサンダー・ビレンキンによると、宇宙は無の状態からトンネル効果によって生まれたという。すると、宇宙は虚時間で始まったことになる。また、スティーヴン・ホーキングもやはり、無境界仮説によって無からの宇宙の生成を提唱しているが、ここでも(特異点を避けるために)虚時間が重要となる。これら宇宙創成のシナリオにあらわれる虚時間が、たんなる計算の便宜のためのものか、なにか「虚時間」には深い意味があるのかも、哲学的には興味深いところである。(「量子力学の哲学」p215)

 文系人間として本書のなかで一番反応するのは「観察の理論負荷性」、「パラダイムとその共約不可能性」「社会構成主義」だろうか。そのなかでもとりわけ刺激的だったのはイアン・ハッキングを引用した「社会構成主義」のページ。

科学的知識が現在のような形であるのは、決して不可避なものではなく、別の形でもありえた。科学知識が現在のような形であるのは、社会的な出来事や力によるものである。(「科学の発展」p71)

 そして、具体例として挙げられているのが、こちら。

たとえば、超高速のスーパーコンピュータが1850年までには実用化されていたとしよう。その場合、マクスウェル方程式で用いられているような微積分学はそもそも不要となっていたはずだ(解析的にではなく、数値計算によって微積分に代わる計算ができるから)。すると、それにもとづいたマクスウェル方程式も存在しないことになる。それゆえ、われわれはマクスウェル方程式を迂回して物理学を発展させることが可能だったことになるのだ。(「科学の発展」p72)

別の物理学を持った可能世界! 科学哲学を通して数学と科学に興味を持つという方向性が今回出てきた。データサイエンス系の数学教科書をいくつか読んでみても、いまひとつ面白さを感じられなくてしょんぼりしていたところだが、科学哲学入口で数学と科学をすこし補給したい気分になった。

 

目次:
◆Ⅰ部 科学の基礎を哲学する
1.科学と推論:科学で使う推論は問題だらけ?
2.科学の条件:科学と非科学はどう分けられるのか?
3.科学と反証:科学理論は反証できない?
4.科学の発展:どんな科学理論が生き残るのか?
5.科学と実在:原子って本当にあるの?
◆Ⅱ部 科学で使われる概念を見直す
6.説明とはなにか:説明を説明するのは難しい?
7.原因とはなにか:本当の原因はなに?
8.法則とはなにか:法則はなぜ法則なのか?
9.確率とはなにか:確率は主観的なものか客観的なものか?
10.理論とはなにか:科学理論はうそをつく?
◆Ⅲ部 現代科学がかかえる哲学的問題を知る
11.量子力学の哲学:ミクロな世界は非常識?
12.生物学の哲学:進化論は科学か?

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森田邦久
1971 -