読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

野口米次郎「釣鐘」(『沈黙の血汐』 1922 より )

釣鐘


私は釣鐘、空虚の心、………
冷く寂しく、桷(たるき)からぶらさがつて、
撞木(しゆもく)で敲(たた)かれるのを待つて居る。
私はこれ感応の心、
生れて以来幾十年間、
生命の桷からぶらさがつて、独り無言で、
人の圧力を待つて居る。
ああ、空虚な私の心、
春去り夏来ても、
真暗な桷からぶらさがつて、
『時』が早足で過ぎるのを眺めてゐる。
『僕がここに居りますよ』と叫んでも、
人は私に撞木を当てない、………
ああ、私の空虚!
ああ、私の孤独!
花が咲いても、
雪が降つても、
桷からさがつた釣鐘のやうに、
私ばかりは寂しく冷く、
空虚の上に青白い一の字を書いて居る。
私は釣鐘、空虚の心、………
冷く寂しく、桷からぶらさがつて、
撞木で敲れるのを待つて居る。


(『沈黙の血汐』 1922 より )

 

野口米次郎
1875 - 1947
 
野口米次郎の詩 再興活動 No.042