読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

村田潔+折戸洋子 編著『情報倫理入門 ICT社会におけるウェルビーイングの探究』(ミネルヴァ書房 2021)

ICTはInformation and Communication Technology(情報通信技術)の略でインターネット等の通信技術を活用したコミュニケーションのことをいう。

本書は情報倫理の入門のテキストで、高度情報化社会でのウェルビーイング(善きありかた)を探求するために、主にインターネットに接続されたコンピュータ、AIやロボットやサイボーグなどの発達における功罪の罪の側面とその対応について、最新の動向を取り上げながら検討している一冊である。インターネットのグローバルな展開と国家や文化圏ごとに異なる価値観にも目配せをしているため、なにがよいということは断定的に説かれていないので、副題にある「ウェルビーイングの探究」を求めて読みはじめた場合には物足りなさを感じる読者も出てくるかもしれない。ただ、第Ⅱ部「情報倫理の諸問題」の章立てからもすこし感じることができるように、どの辺に問題が潜んでいるのかということについてはかなり的確にピックアップしているし、それぞれの問題に対して国際的にどのような対応がとられているかの例や深掘りするための注や推薦図書が記載されているので、情報倫理について考えはじめるための一冊としてはよく出来ているほうではないかと思う。練習問題などもついているので、大学の講義テキストであったり、会社の研究会や勉強会のテキストとして利用するのには向いている。

個人的には情報化社会における法制度の問題を扱っている第5章「プライバシー」や第8章「情報社会における所有と共有」と、AIの提示する出力の予測不可能性と制御不可能性とそのAIに恃むところの多い情報化社会における個人の形骸化の問題を扱っている第10章「先端的ICTの倫理」などを特に興味深く読んだ。本書の語り口はかなり固めであるけれど、「社会と個人の二重のブラックボックス化」などのキーワードの数々は、切れ味がよく、印象に残る記述が多くある。

監視とコントロールを基調とする情報システムあるいはそれを運用する企業などの組織の側から見れば、そのコントロールの対象は入力と出力の関係のみで記述されるブラックボックスになっている。たとえば個人は、本人の属性・状態・行動に関する個人データの特定のパターンに対応してパーソナライズされた特定の情報サービスを入力として与えれば、かなりの確率で特定の行動という出力を返してくるという、入出力関係で記述されるブラックボックスとして扱われている。たとえこうした情報システムが個人の幸福の増進にエージェントとして奉仕することを意図して設計されていたとしても、個人のブラックボックス化は、人のモノ化を進行させ、アルゴリズムによる人間の支配を進展させることによって、人々の自由と自律、尊厳が損なわれる契機を生み出すことになる。
(第10章「先端的ICTの倫理」p207 )

制御の対象として人間や自分自身を見れば、どうしても統計確率上で出てきた数値で計量化されモノ化されたものにならざるを得ないが、アルゴリズムに従ってみることが、即、「支配」され「自由と自律、尊厳が損なわれる」ことになるかというと、必ずしもそうとは言えない。アルゴリズムに従わなければ無謀なこともあるだろう。情報優位の世界での「支配」「自由」「自律」「尊厳」などの危機がありそうなことは日々の生活の中での肌感覚で察知はしているけれど、「支配」「自由」「自律」「尊厳」がどいうものであるか掴めていない状況で危機感や不安感ばかりに煽られてしまうのも問題であろう。無感覚も過剰反応もともにウェルビーイング(善きありかた)ではないはずだ。

本書にはウェルビーイングの明確な答えは載っていない。しかし、ウェルビーイング探究のための足掛かりはかなり多く埋め込まれている。

 

https://www.minervashobo.co.jp/book/b563387.html

【付箋箇所】
61, 69, 72, 73, 74, 93, 98, 101, 105, 112, 117, 125, 129, 165, 169, 177, 197, 206, 210, 211, 231, 250

目次:

第Ⅰ部 情報倫理とは何か

第1章 何が問題なのか:ケースによる学び
第2章 情報化の進展と倫理問題
第3章 情報倫理の目的
第4章 情報倫理の特質

第Ⅱ部 情報倫理の諸問題

第5章 プライバシー
第6章 監視社会
第7章 ICTプロフェッショナリズム
第8章 情報社会における所有と共有
第9章 ジェンダーとコンピューティング
第10章 先端的ICTの倫理
第11章 情報倫理の未来――情報倫理研究者たちが描くこれからの情報倫理

 

参考:

uho360.hatenablog.com

uho360.hatenablog.com