読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

浅野俊哉『スピノザ 〈触発の思考〉』(明石書店 2019)

政治哲学・社会思想史を専門とする哲学者浅野俊哉のスピノザ論。主として第二次世界大戦前後にかけてスピノザの思想を語った思想家6名について検討しながら、スピノザの現実的かつ根源的な思考の射程を浮かび上がらせる精緻な論考。20世紀の思想家の政治や国家に関する思索について、スピノザの言説とその読み取り方と各者の主張の間にある差異を明確に描き分けているところが刺激的であった。スピノザの未完の遺作となった『政治論』(岩波文庫の畠中尚志訳のタイトルは『国家論』)が主著『エチカ』以上に多く引用されていて、本署の導きで、その『政治論』の有効性が現在もなお失われていないことに気づかされた。また、政治の世界ばかりではなく、もろもろの触発=変様(アフェクチオ)が起こる芸術や表象の領域について言及されているところも興味深かった。

スピノザが見ていたのは次のような世界のありようである。何かと何かが出会い、そこに前と異なる状態が出現する。出会う対象は、人同士だけでなく、ものや情報、思想やイメージでもよいし、何らかの情動、欲望、あるいは力――権力であれ影響力であれ――でもよい。世界とは、それらが遭遇し、反発し合ったり、時にひとつに合わさって新たな存在や力を創出したりしながら、絶えず変化を続けて止まない生成の過程以外のものではない。
(「はじめに」p11 )

固定化された最終状態にいたることも想像することも否認する、諸力の活動が減少することのない、スピノザの終わりなき変様の世界。

6篇それぞれが、しっかり腹にたまる。そして、本文だけでなく、ひとつひとつに圧縮された気づきが込められている著者による注も、読むべき価値がある。読みとばしてしまったらもったいない。

www.akashi.co.jp

【付箋箇所】
11, 18, 32, 34, 39, 40, 44, 48, 61, 64, 66, 87, 98, 102, 111, 124, 126, 141, 142, 164, 169, 171, 199, 218, 240, 243, 244, 251, 261, 263, 269, 292, 295, 308, 340

目次:
はじめに
第1章 〈触発の思考〉 〈良心〉の不在と遍在――morsus conscientiaeの行方
第2章 〈シュトラウス〉 〈徳〉をめぐる係争
第3章 〈アドルノ〉 「ひとつの場所」あるいは反転する鏡像
第4章 〈ネグリ〉 「絶対的民主主義」とcivitasの条件
第5章 〈バーリン〉 「二つの自由」の彼方
第6章 〈シュミット〉 不純なる決断
第7章 〈三木清〉 ある「理想的公民」の軌跡
あとがき

 

webmedia.akashi.co.jp

浅野俊哉
1962 -
バールーフ・デ・スピノザ
1632 - 1677