読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

【ハイデッガーの『ニーチェ』を風呂場で読む】07. パースペクティヴ スピノザの心身並行論みたいな感じがする部分だけどハイデッガーはライプニッツという

ドイツ民族好きだからか、スピノザの心身並行論みたいな感じがする部分をハイデッガーライプニッツからプラトニズムを排去しただけのものといって解説する。それとも単なる私の読みのまちがいか・・・

プラトンパイドロス篇-幸福をもたらす離間における美と真理
ニーチェプラトニズム逆転
感性の新解釈と、芸術と真理の間の刺戟的離間

有機的なもの》の内には多くの衝動や勢力がはたらいており、それぞれがまた固有のパースペクティヴをそなえている。パースペクティヴのこの多数性が、有機的なものを無季的なものから区別するのである。もっとも、この無機的なものもそれなりにパースペクティヴをもっているが、ただそこでは《力関係》が――牽引と反発において――一義的に確定しているのである。《生命なき》自然という機械論的自然観は、計算のための仮説にすぎず、ここにも種々な力関係や、したがってパースペクティヴの交錯がはたらいていることを看過しているのである。ひとつひとつの力点は、みなそれ自身においてパースペクティヴ的である。ここからして――「無機的世界は存在しない」という結論が出てくる。すべての《リアルなもの》は生きており、それ自身において、《パースペクティヴ的》であり、他のものに対して自分の自分のパースペクティヴから自己を主張する。(「感性の新解釈と、芸術と真理の間の刺戟的離間 」p290-291)

力への意志」の解釈を読んでいるときも、私の頭の中では「コナトゥス」がウロウロしている。

 

マルティン・ハイデッガー
1889 - 1976
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ
1844 - 1900
スピノザ
1632 - 1677


細谷貞雄
1920 - 1995
杉田泰一
1937 -
輪田稔
1940 -