読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

野口米次郎「悲哀の詩」(『夏雲』1906 より)

悲哀の詩

『悲哀の詩が私の最初でしかも最後のものだ』と私は詩を作る時いつもいふ。夕日は悲しみの矢を投げて私の魂を傷ける。
 失望と暗黒が急に世界を満たさうとする。私は悲しい思想を忘れようとして泣。恰も暴(あ)らあらしい海上を凝視する男のやうに、私は沈黙の悲劇に包まれ自分の魂を見廻し見廻す。風は吹去りそして孤独に消えてゆく。
 私はいふ、『私は太陽に捨てられ自然に保護されない児童に過ぎない。私の眼は涙の路のみを見るために開いてゐる。』

(『夏雲』1906 より)

野口米次郎
1875 - 1947
 
野口米次郎の詩 再興活動 No.022