読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

宮下規久朗編『西洋絵画の巨匠⑪ カラヴァッジョ』(小学館 2006)と宮下規久朗『闇の美術史 カラヴァッジョの水脈』(岩波書店 2016)

カラヴァッジョを最初に凄いなと思ったのは、静物画「果物籠」を中学生くらいのときに画集で見たときだったと思う。テーブルの上に置かれた籠は手に取れそうだし、籠の中のブドウは指でつまんですぐに食べられそうなみずみずしさだ。すこし虫に喰われたところのあるリンゴも色つやがよく、かえって無農薬栽培のよさが出ているような気にもさせる。濁りも躊躇もない的確な描写で、見るものの感覚を一瞬とらえて離さない力がある。カラヴァッジョに単独の静物画はほかになく、西欧の神話や聖書に取材した作品が多いこともあって、教養のほとんどない、どちらかというと印象派以降の静物画や風景画がよいと勝手に思っていた当時の田舎の中学生には縁遠く、それ以上進んで関係を持っていこうという気も起らないまま時は過ぎて、気がつけば美術自体にも縁遠い生活を長い間送ってきた。

ここ数年、仕事上のものと生活上のものについての限界と諦念を感じ、それに自分を慣れさせるように時間を使うように方向転換しはじめたところで、画集や美術書にもよりゆっくりと向き合うようになった。そのなかで関心を持った美術史家に宮下規久朗がいて、彼の専門がイタリア17世紀バロック美術、とりわけカラヴァッジョということで、今回彼が編集解説した画集とカラヴァッジョを芯に置いた美術論集に触れてみた。

光と闇のコントラストを見事に操った才能の持ち主であるカラヴァッジョの作品とその影響関係を、二冊ともに丁寧にたどっているという印象だ。

読み、そして作品を見る順番としては、画集が先、研究書が後のほうがよい。研究書の方はどうしても作品の図版が少なく、しかもモノクロ写真での紹介にとどまってしまうから。画集がなくても、日本語版ウィキペディアのカラヴァッジョの項目はかなり充実していて、そこに掲載されている画像を見ながら、研究書を読むというのも手だが、その場合は、パソコンよりも画面の小さなスマートフォンで見たほうがかえって作品の良さはわかると思う。ウィキペディアに掲載されている画像の画質が若干粗いので、画面が大きいとその粗が目立ってしまって興をそがれる可能性がある。スマートフォン程度のスクリーンの大きさだとかえって絵が締まってコントラストもより鮮明に感得できる。闇と光は同時にあることでより印象深いものになるという宮下規久朗の主張も裏打ちしてくれる画像となると思う。デジタルでデータが提供されている場合、気に入らなければ提供されたままを見るのではなく、すこしモードを変更してみるという工夫も必要だし、簡単な調整で自分の意に沿うものになるのであれば、それはぜひとも試してみるべきことだと私は思っている。ただしあくまで私的使用の範囲内での話ではある。

二冊ともに、ひとりの研究者のカラヴァッジョがメインの著作だけあって、刊行年に10年の開きがあっても、論していることは重なっていることが多い。しかしながら、それがあまり嫌な感じがしないのは、自腹を切っていない図書館貸し出しの本であるということもあるけれど、核心を突いた指摘であるとともに、一方の画集が作品ごとの短い注解の形式であり、もう一方の研究書が時の流れと他の地域への伝搬を考慮したより論考対象い幅のある時系列的で俯瞰的な論述になっているためであるだろう。

画家と観者には、線=デッサンを重視するタイプと色調と陰影=立体的現実感を重視するタイプがあり、カラヴァッジョは後者の一起点となった画家であること、色調と陰影を重視するタイプの画家にあっては、現代にいたるまで大きなパトロンであった教会に作品が置かれることが前提であるために、その配置環境にふさわしく聖性をまとわせるための配慮がなされつつ作品が制作されたこと、カラヴァッジョの個人史においては、血の気が多く素行不良をくりかえす体質から、訴訟や犯罪、果ては殺人まで犯してしまったがために、その後は流浪逃亡の生活を送りながら、各地で注文を受けつつ落ち着く間のない制作のなかでスタイルを変化させて、最後まで画家として生き凌いでいたこと、などのことがらが、明瞭で簡潔な文章群からうかがい知れて、取得できる情報に関しては質・量ともに納得できるものになっている。

たとえば、カラヴァッジョに直接は関係していないものの、教会において光が持つ意味というものを論じたところなどは、他の研究者の業績からの援用ではあったとしても、貴重な教えとなっていて作品の価値を高めている。読んでいて素晴らしいと思える箇所だ。

ゴシックの教会を飾る色鮮やかなステンドグラスも、光によって神の姿や物語を表すものであったが、教会に差し込むこの光は神にほかならなかった。東正面に設置された薔薇窓は聖母を表し、教会建築の象徴性を高めた。聖ベルナルドゥスは、ガラスを透過する光を人間となった神の言葉にたとえたが、同じように、窓ガラスを破壊せずに差し込む陽光は処女マリアにキリストが宿ることになぞらえられた。そして、光が窓を通ってガラスの色に染まることが、神が聖母の腹を通過して人間の属性をもつことに擬されたのである。中世にこうした比喩が流行したことは、ステンドグラスの流行と無関係ではないだろう。
(『闇の美術史 カラヴァッジョの水脈』第1章「闇の芸術の誕生」p8 )

宮下規久朗自身がキリスト教の信者であることもあって、キリスト教的な聖なるもののイメージと聖書が語るエピソードについての解釈の深さと喚起力の強さは相当強い。さらにカラヴァッジョの天与の才能によって作り上げられた生気あふれる作品が、取材対象である聖書に向きあうよう誘いをかけているところもある。絵で見たからには、ことばでも聖なるときを体験をせよという、無言の導き。今回読み、鑑賞した二冊の本は、異教徒や無信仰者にも聖書を読むきっかけを与えてもくれる、間口は広いが深淵にも通じている、なかなか忘れがたい作品にまとまっているように思えた。

 

www.shogakukan.co.jp

【付箋箇所】
12, 19, 48, 52, 60, 64, 70, 100

www.iwanami.co.jp

【付箋箇所】
ⅶ, 1, 8, 33, 48, 51, 55, 109, 112, 125, 132, 151166, 169, 177, 197

ja.wikipedia.org

 

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ
1571 - 1610
宮下規久朗
1963 -

参考:

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エルヴィン・パノフスキー『<象徴形式>としての遠近法』(原書 1924/25, 哲学書房 1993, ちくま学芸文庫 2009)

哲学者の木田元に、専門分野ではないにもかかわらず自ら翻訳しようとまで思わせた魅力的な研究書。美術史家パノフスキーが近代遠近法の成立過程と意味合いを凝縮された文章で解き明かす。日本語訳本文70ページ弱に対して、原注はその二倍を超えてくる分量で、著者の主張をよりよく理解するためには、ほんらい原文と原注を行きつ戻りつしながら読みすすめるべきものではあるのだが、腰を据えて研究する決心をしないままだと、なかなかそこまでのことはできない。なので、今回は(おそらく再読にあたるのだが)本文と、若干原注を覗き見する程度でお茶を濁している。ただ、それであって、も本文が主張するところの近代遠近法のシンボル形式としての制度的形式的歴史的意味合いは、十分に刺激的なものであることはわかる。

先日読んだ『イデア 美と芸術の理論のために』(原書1960)では、キリスト教的な神の位置の変遷と、美と芸術におけるイデアの位置の変遷の並行性が説かれていたことに、目を見張らされたものだが、本書もまた、宇宙観、世界観の変遷と、古代遠近法からロマネスク、ゴシックを経て近代遠近法にいたる空間処理法の変遷の並行性が説かれているところとその説き方に、美術史家パノフスキーの余人に代えがたい魅力があふれていた。

この遠近法の獲得は、同じ時期に認識理論および自然哲学のがわで達成されたものの具体的表現にほかならないのでる。無限な拡がりをもち任意に設定された視点に中心を置く空間をともなった真の中心遠近法が漸次形成されていくことによって、盛期スコラ学の過渡的立場に対応するジオットやドゥッチオの空間が克服されていった年代は、抽象的思考がアリストテレス的世界観に対するそれまで偽装されていた断絶を決定的にまた公然と遂行し、絶対的中心である地球の中心のまわりに構築され絶対的限界である最外側の天球によってとりかこまれていた宇宙(コスモス)を放棄して、単に神のうちに予造されてあるというだけではなく経験的実在のうちにも現実化されている無限の概念(いわば自然の内部での[現勢的に無限なるもの(エネルゲイア―・アペイロン)]の概念)を展開させていった年代なのである。
哲学書房版『<象徴形式>としての遠近法』p62)

質的に異なる空間においての事物の絶対的配置に代わって等質無限な空間においての事物同士の相互関連に、神的なものから世俗的経験的なものに、超越的な主観世界から数学的客観形式の世界へ、それらの展開が近代遠近法の成立過程にあわせ語られているなかで、具体例として取り上げられている作品もまた魅力的に浮かびあがってくるのもうれしいことである。特記すべきは、画家としてのヤン・ファン・エイク、画題としての床の描画処理。目を洗われるような驚きと心地よさのある美術解説書にもなっている。

www.chikumashobo.co.jp

エルヴィン・パノフスキー
1892 - 1968
木田元
1928 - 20
川戸れい子
1951 - 
上村清雄
1952 - 2017
 
参考:

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式子内親王の吐息 「式子内親王集」を読む ① もの思いしつつ、ものをながめているときの、深く長い息づかいに寄り添える歌

日本文芸の表記は漢字かな交じり文であり、使用される文字の種類、漢字の開き具合によって読み手側の印象は異なってくる。

岩波書店古典文学大系80『平安鎌倉私歌集』に収録された「式子内親王集」は、宮内庁書陵部本を底本としたもので、全歌数373首に、未収録歌25首を附加した、式子内親王全歌集的存在の私歌集。
そのうち、もの思いしつつ「ながめる」歌が30首あり、出現頻度はきわめて多い。式子内親王は思いを込めてながめ、そして歌う人であったという、単純だが明確な歌い手の肖像が浮かび上がってくる。

宮内庁書陵部本底本の「式子内親王集」では「ながめる」に使用される文字は2種類、「ながめる」と「詠める」で、「眺める」は用いられていない。ネットのデータを中心にすこし比較調査したところ、かな表記の「ながめ」「ながむ」が一般的であるのだが、久松潜一・國島章江校注の本集においては「詠め」「詠む」の使用が多く、30首中10首に「詠」字が用いられ、特に時期的にいちばん若い時代の百首歌に集中的に用いられている。

「詠」は白川静『常用字解』では以下のように解説されている。

永は水の流れが合流して、その水脈(水路)の長いことをいう。強く長く声をのばして詩歌(漢詩と和歌)を歌いあげることを詠といい、「うたう」の意味となる。また「詩歌を作る、よむ」の意味に用いる。わが国で、声を長く引き節をつけて詩歌を歌うこと「詠(なが)む」というのも、その意味であろう。

www.heibonsha.co.jp

 

声や言葉になるさわりとしての大きく深く長い詠嘆のような息とともに、景色に身を置いている感受性の強い人間の姿が浮かんでくるようだ。歌が口を突いて出る手前の視線、身体。「詠」の字が歌集のはじめの部分で多く使われているために、「ながめる」という行為が詠われるたびに、そのときの臨場感、身体性が使用される文字にかかわらず色濃く出てくる。かな表記に移行した後でも、「詠」のイメージが重なってくる。思い佇んでいる時間の流れがしっとり伝わる。

音声だけでなく、写本の毛筆の書体だけででもなく、活字状態で使用される文字によっても歌の味わいが変わる、ということを感じながら読めるのが本書のよいところであろう。日本語表記のよいところであり、ひるがえっては鑑賞の難しいところでもある。違った写本、違った表記であれば、微妙に味わいが変わるということでもあるのだから(それに、ネット上の検索で同一歌が一度にヒットしづらいのも難点だ。せっかく情報があっても、検索語か漢字なのかひらがななのかで検索結果に違いが出てくる)。

 

【ながめ詠める人 式子内親王 漢字かな交じり文とよみ】

007 詠
 春ぞかし思ふばかりに打霞みめぐむ木ずゑぞ詠められけり
 はるぞかしおもふばかりにうちかすみめぐむこずゑぞながめられけり

028 詠
 詠れば月はたえ行庭の面にはつかに残る螢ばかりぞ
 ながむればつきはたえゆくにわのおもにはつかにのこるほたるばかりぞ

038 詠
 詠むれば衣手涼し久方の天の河原の秋の夕暮
 ながむればころもですずしひさかたのあまのかわらのあきのゆうぐれ

042 詠
 秋はたゞ夕の雲のけしきこそそのこととなく詠められけれ
 あきはただゆうべのくものけしきこそそのこととなくながめられけれ

043 詠
 おもほえずうつろひにけり詠めつゝ枕にかゝる秋の夕露
 おもほえずうつろひにけりながめつつまくらにかかるあきのゆうづゆ

053
 それながら昔にもあらぬ月影にいとゞながめをしづのをだ巻
 それながらむかしにもあらぬつきかげにいとどながめをしづのをたまき

059 詠
 淋しさは宿のならひを木葉しく霜のうへにも詠めつるかな
 さびしさはやどのならひをこのはしくしものうへにもながめつるかな

118 詠
 くれて行春ののこりを詠れは霞の奥に有明の月
 くれてゆくはるののこりをながむればかすみのおくにありあけのつき

120 詠
 歸る雁過ぎぬる空に雲消えていかに詠ん春の行くかた
 かえるかりすぎぬるそらにくもきえていかにながめんはるのゆくかた

121
 春過ぎてまた時鳥かたらはぬ今日のながめをとふ人もがな
 はるすぎてまたほととぎすかたらはぬけふのながめをとふひともがな

122
 時鳥しのびねや聞くとばかりに卯月の空はながめられつゝ
 ほととぎすしのびねやきくとばかりにうづきのそらはながめられつつ

129
 ながめつるをちの雲ゐもやよいかに行ゑ知らぬ五月雨の空
 ながめつるをちのくもゐもやよいかにゆくゑもしらぬさみだれのそら

143
 ながむれば露のかゝらぬ袖ぞなき秋のさかりの夕暮の空
 ながむればつゆのかからぬそでぞなきあきのさかりのゆふぐれのそら

150
 久方の空行月に雲消えてながむるまゝに積る白雪
 ひさかたのそらゆくつきにくもきえてながむるままにつもるしらゆき

151
 ながむれは我が心さへはてもなく行ゑも知らぬ月の影かな
 ながむればわがこころさへはてもなくゆくゑもしらぬつきのかげかな

191
 ながむれは嵐の聲も波の音もふけゐの浦の有明の月
 ながむればあらしのこゑもなみのおともふけゐのうらのありあけのつき

207
 ながめやる霞の末の白雲のたなびく山の曙の空
 ながめやるかすみのすゑのしらくものたなびくやまのあけぼののそら

209
 ながめつる今日は昔に成ぬとも軒端の梅は我を忘るな
 ながめつるけふはむかしになりぬとものきばのうめはわれをわするな

219
 花は散てその色となくながむればむなしき空に春雨ぞふる
 はなはちりてそのいろとなくながむればむなしきそらにはるさめぞふる

224
 時鳥鳴つる雲をかたみにてやがてながむる有明の空
 ほととぎすなきつるくもをかたみにてやがてながむるありあけのそら

238
 ながむれば木の葉うつろふ夕月夜やゝけしきだつ秋の空かな
 ながむればこのはうつろふゆふつくよややけしきたつあきのそらかな

245
 花薄まだ露深し穂に出てながめじと思ふ秋の盛を
 はなすすきまだつゆふかしほにいでてながめじとおもふあきのさかりを

248
 ながめ侘びぬ秋より外の宿もがな野にも山にも月やすむらん
 ながめわびぬあきよりほかのやどもがなのにもやまにもつきやすむらん

280 詠
 待ち出でていかに詠めん忘るなといひしばかりの有明の空
 まちいでていかにながめんわするなといひしばかりのありあけのそら

301
 ながむれば思ひやるべきかたぞなき春のかぎりの夕暮の空
 ながむればおもひやるばきかたぞなきはるのかぎりのゆふぐれのそら

324
 有明の同じながめは君もとへ都のほかの秋の山里
 ありあけのおなじながめはきみもとへみやこのほかのあきのやまざと

372
 ながむれば見ぬ古の春まても面影かほる宿の梅が枝
 ながむればみぬいにしへのはるまでもおもかげかをるやどのうめがえ

附A 2
 更くるまでながむればこそ悲しけれ思(おもひ)もいれじ秋の夜の月
 ふくるまでながむればこそかなしけれおもひもいれじあきのよのつき

附B 11
 ながめても思へば悲し秋の月いづれのとしのよはまでか見ん
 ながめてもおもへばかなしあきのつきいづれのとしのよはまでかみん

附B 22 詠
 長月の有明の空に詠せし物思ふことのかぎりなりけり
 ながつきのありあけのそらにながめせしおもおもふことのかぎりなりけり

【漢字かな交じり文(ルビ無し)】

007  春ぞかし思ふばかりに打霞みめぐむ木ずゑぞ詠められけり
028  詠れば月はたえ行庭の面にはつかに残る螢ばかりぞ
038  詠むれば衣手涼し久方の天の河原の秋の夕暮
042  秋はたゞ夕の雲のけしきこそそのこととなく詠められけれ
043  おもほえずうつろひにけり詠めつゝ枕にかゝる秋の夕露
053  それながら昔にもあらぬ月影にいとゞながめをしづのをだ巻
059  淋しさは宿のならひを木葉しく霜のうへにも詠めつるかな
118  くれて行春ののこりを詠れは霞の奥に有明の月
120  歸る雁過ぎぬる空に雲消えていかに詠ん春の行くかた
121  春過ぎてまた時鳥かたらはぬ今日のながめをとふ人もがな
122  時鳥しのびねや聞くとばかりに卯月の空はながめられつゝ
129  ながめつるをちの雲ゐもやよいかに行ゑ知らぬ五月雨の空
143  ながむれば露のかゝらぬ袖ぞなき秋のさかりの夕暮の空
150  久方の空行月に雲消えてながむるまゝに積る白雪
151  ながむれは我が心さへはてもなく行ゑも知らぬ月の影かな
191  ながむれは嵐の聲も波の音もふけゐの浦の有明の月
207  ながめやる霞の末の白雲のたなびく山の曙の空
209  ながめつる今日は昔に成ぬとも軒端の梅は我を忘るな
219  花は散てその色となくながむればむなしき空に春雨ぞふる
224  時鳥鳴つる雲をかたみにてやがてながむる有明の空
238  ながむれば木の葉うつろふ夕月夜やゝけしきだつ秋の空かな
245  花薄まだ露深し穂に出てながめじと思ふ秋の盛を
248  ながめ侘びぬ秋より外の宿もがな野にも山にも月やすむらん
280  待ち出でていかに詠めん忘るなといひしばかりの有明の空
301  ながむれば思ひやるべきかたぞなき春のかぎりの夕暮の空
324  有明の同じながめは君もとへ都のほかの秋の山里
372  ながむれば見ぬ古の春まても面影かほる宿の梅が枝
附A 2  更くるまでながむればこそ悲しけれ思(おもひ)もいれじ秋の夜の月
附B 11  ながめても思へば悲し秋の月いづれのとしのよはまでか見ん
附B 22  長月の有明の空に詠せし物思ふことのかぎりなりけり

 

【かな文】

007  はるぞかしおもふばかりにうちかすみめぐむこずゑぞながめられけり
028  ながむればつきはたえゆくにわのおもにはつかにのこるほたるばかりぞ
038  ながむればころもですずしひさかたのあまのかわらのあきのゆうぐれ
042  あきはただゆうべのくものけしきこそそのこととなくながめられけれ
043  おもほえずうつろひにけりながめつつまくらにかかるあきのゆうづゆ
053  それながらむかしにもあらぬつきかげにいとどながめをしづのをたまき
059  さびしさはやどのならひをこのはしくしものうへにもながめつるかな
118  くれてゆくはるののこりをながむればかすみのおくにありあけのつき
120  かえるかりすぎぬるそらにくもきえていかにながめんはるのゆくかた
121  はるすぎてまたほととぎすかたらはぬけふのながめをとふひともがな
122  ほととぎすしのびねやきくとばかりにうづきのそらはながめられつつ
129  ながめつるをちのくもゐもやよいかにゆくゑもしらぬさみだれのそら
143  ながむればつゆのかからぬそでぞなきあきのさかりのゆふぐれのそら
150  ひさかたのそらゆくつきにくもきえてながむるままにつもるしらゆき
151  ながむればわがこころさへはてもなくゆくゑもしらぬつきのかげかな
191  ながむればあらしのこゑもなみのおともふけゐのうらのありあけのつき
207  ながめやるかすみのすゑのしらくものたなびくやまのあけぼののそら
209  ながめつるけふはむかしになりぬとものきばのうめはわれをわするな
219  はなはちりてそのいろとなくながむればむなしきそらにはるさめぞふる
224  ほととぎすなきつるくもをかたみにてやがてながむるありあけのそら
238  ながむればこのはうつろふゆふつくよややけしきたつあきのそらかな
245  はなすすきまだつゆふかしほにいでてながめじとおもふあきのさかりを
248  ながめわびぬあきよりほかのやどもがなのにもやまにもつきやすむらん
280  まちいでていかにながめんわするなといひしばかりのありあけのそら
301  ながむればおもひやるばきかたぞなきはるのかぎりのゆふぐれのそら
324  ありあけのおなじながめはきみもとへみやこのほかのあきのやまざと
372  ながむればみぬいにしへのはるまでもおもかげかをるやどのうめがえ
附A 2  ふくるまでながむればこそかなしけれおもひもいれじあきのよのつき
附B 11  ながめてもおもへばかなしあきのつきいづれのとしのよはまでかみん
附B 22  ながつきのありあけのそらにながめせしおもおもふことのかぎりなりけり

 


式子内親王
1149? - 1201


参考:

uho360.hatenablog.com

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宮下規久朗『聖と俗 分断と架橋の美術史』(岩波書店 2018)

聖と俗、彼岸と此岸の聖別と交流をさまざまな角度から論じた美術論集。アンディ・ウォーホルキリスト教シルクスクリーン作品とイコンとの関連を論じた「アンディ・ウォーホル作品における聖と俗」がとりわけ興味深かった。大衆消費社会に流通する代表的イメージを掬いとり、摸倣ではなく複製するようにして作成されたウォーホルの作品は、キリスト教のイコンの成立過程や制作過程に類似すると作者は説く。

作者の個性を感じさせず、他者にゆだねられた芸術の理想的な姿こそ、彼が幼少時代から見慣れ、日々その前に頭を垂れて冥想したキリスト教のイコンではなかったろうか。イコンには作者は重要ではない。作品の個性もオリジナリティも必要とされないが、教会に飾られ、家庭で日常的に崇敬されている。
そもそも最初のイコン、つまりキリストの聖顔であるマンディリオンやスダリウムは、神の姿を描いたものというよりは神の痕跡であり、人の手を経ずに成立したもの(アケイロポイエトス)であることが重要であった。
(「アンディ・ウォーホル作品における聖と俗」p213)

イコンは偶像、神そのものではなく、あくまで神を見る窓にすぎないとするカソリックの見解も別の個所で紹介されているので、アンディ・ウォーホルポップアート作品がイコンであるならば、それははなはだ物質的ではありながら、現代における神を見る窓にもなっているのだろうと想定される。実際、明確には定義されてはいないもののウォーホル作品がまとう聖性に触れて本論は閉じられているのだが、変位し増殖する機械のメカニズムのようなものがそれなのかもしれないと、個人的には感じた(まあ、間違っているかもしれないけど)。

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【付箋箇所】
2, 8, 14, 30, 79, 205, 214, 246, 256, 259

目次:

序 聖俗の分断――宗教改革と美術
Ⅰ バロックの聖とイメージ
  聖俗の食卓――近世ミラノ美術の水脈
  レオナルドの鉱脈――ミラノ派からカラヴァッジョへ
  ヴァザーリカトリック改革
  王権のイリュージョン――バロック的装飾と宮殿
Ⅱ 日本の聖と俗
  展示と秘匿
  発酵するイコン――かくれキリシタン聖画考
  殉教の愉悦――聖セバスティアヌス,レーニ,三島
Ⅲ 聖と死
  召命と否認――伝サラチェーニ《聖ペテロの否認》をめぐって
  アンディ・ウォーホル作品における聖と俗
  供養と奉納――エクス・ヴォート,追悼絵馬,遺影


宮下規久朗
1963 -

参考:

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藤原定家撰『新勅撰和歌集』(1235年完成 久曾神昇+樋口芳麻呂校訂 岩波文庫 1961) 病める華々の消えることのない妖しい形姿と芳香

第9番目の勅撰和歌集武家社会への移行を決定づけた承久の乱の後の世に、後堀河天皇の命を受け、70歳の重鎮たる定家が時代の推移を踏まえながら単撰した撰集。老年を迎えてからの定家の平淡優艶を好む嗜好性を反映した撰集といわれ、そういわれるのも宜なるかなという気もするのだが、頂点を極めた後の、和歌と公卿の世界の黄昏や没落を見つめる感性がつよく支配している撰歌であるとも感じた。とくに終わり四分の一を占める雑歌5巻(第十六巻から第二十巻まで)にその色合いが強い。厳しいまでの憂いを込めた歌が、時代を超えていまも心に刺さる。雑歌二の巻末五歌などは、何かただごとではない寒々とした一群の心象風景を形づくっている。

1200 はるやくるはなやさくともしらざりきたにのそこなるむもれ木の身は 和泉式部
1201 はるやいにしあきやはくらんおぼつかなかげのくち木とよをすぐす身は 貫之
1202 かずならばはるをしらましみ山木のふかくやたにゝむもれはてなん 後京極摂政前太政大臣
1203 くもりなきほしのひかりをあふぎてもあやまたむ身を猶ぞうたがふ 後京極摂政前太政大臣
1204 やまはさけうみはあせなん世なりともきみにふたごゝろわがあらめやも 鎌倉右大臣

病める華々の消えることのない妖しい形姿と芳香。

歌人でいえば、式子内親王、後京極摂政前太政大臣藤原良経、鎌倉右大臣源実朝が本集では突出している。悲しみのなか氷りつくこころのするどい輝き。

[式子内親王]
0345 あきこそあれ人はたづねぬ松の戸をいくへもとぢよつたのもみぢば
0397 ふきむすぶたきは氷にとぢはてゝまつにぞかぜのこゑもおしまぬ

[後京極摂政前太政大臣 藤原良経]
0607 ゆめのよに月日はかなくあけくれてまたはえがたき身をいかにせん
1148 さてもさはすまばすむべき世中にひとのこゝろににごりはてぬる

[鎌倉右大臣 源実朝]
0273 ふるさとのもとあらのこ荻いたづらに見る人なしにさきかちるらん
1076 あさぢはらぬしなきやどの庭のおもにあはれいく世の月かすみけん

暮れゆく側の主人公たちの悲劇的かつ英雄的な絶唱

 

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【付箋歌】
41, 98, 99, 113, 226, 237, 277, 293, 338, 345, 376, 397, 442, 577, 607, 660, 661, 717, 849, 1067, 1076, 1086, 1128, 1148, 1179, 1200, 1201, 1203, 1204, 1231, 1296, 1333, 1343, 1373

藤原定家
1162 - 1241


参考:

uho360.hatenablog.com

uho360.hatenablog.com


    

ミハイル・レールモントフ『デーモン』(前田和泉訳、ミハイル・ヴルーベリ絵 エクリ 2020)

悲しきデーモン、追放の精霊が
罪深き大地の上を飛ぶ

 

なぜに天使は堕ちるのか?

それは、能力あるがゆえの過信と傲慢、よかれと思いとった行動が矩を踰えていることに無自覚なため。

 

冒頭追放されたデーモンがなぜ追放されたかの理由は告げられることはないまま詩は展開していくのだが、地上の娘に恋しておのれの思いをとげるため人間界の出来事に介入していくという領域侵犯を起こすというところからして、天界から転落追放されるのも必然と納得させる作品のまとまりになっている。ギリシア・ローマの神々であれば、人間の娘に恋して手を出そうが非難される地位にはいないわけだが、キリスト教の一精霊にはそれは許されない。すべてを統べる神の采配を超えて独断で行動し、用いるべきでない能力を適用すべきでない理由と対象に対して行使してしまうことの罪深さ。そしてその行為を押しとどめられない弱さ。そしてすべてを失ってしまうことの悲哀。

 

突き放して関わらぬのがいちばんの対応とは思いつつ、同情が働き、愚かしさへの憐憫の情が、追放の精霊、デーモンに対して湧きあがる。デーモンの不安定さは、われわれの不安定さでもある。抑えきれない情の発現を感知したところで、われを超えて増大していくに任せるか、制限を設けて他所を向くようにするか、愚かしさが消えないならば、おのれに対しての付き合い方をとりあえず選択しなければならない。

ただ選択は、おおむね失敗する。おのれの基準しか感知しえないため。

詩を読む今このときは、失敗の事例にしばし寄り添い、時を過ごすことができる。自分に近しい魂の失敗の経験に身を浸して、まったく同じ時を過ごすという経路だけは回避し距離を置くための経験の蓄積とすることができる。生は無味無臭の更地ではない。歴史的な臭いのある時空に、また余分であるかもしれない時空の厚みを一枚被せていく余地が残されている。どのようなものがくるか不明であっても、今につながる時空はある。

堕ちた一つの精霊が決定的に罰せられた後の世界もまた、できごとの前から確実につづく一つの世界。大きな劇が終えた後でもなにごともなく普通につづく世界。ドラマの生成と、ドラマの消滅が何事もなくつづいていくだろう場の感覚を、文芸という始まりも終りも不明な世界は描き出しつづけていくのだと思う。

「失せよ、陰鬱なる疑いの霊よ!」
天の使者は答える。
「お前は存分に勝利を味わってきた、
だが今、裁きの時が来たのだ――
神の定めは幸いなり!」

劇中、とりあえずの裁きはもたらされた。しかし、フィクションとしてのひとつの裁きの後の世界をも、われわれは生きている。いかに見事に物語られたものであれ、完結されることなくはみ出した場で生きる、なんとも不思議な読者という存在として、本を読み終えたものは呆然とする。呆然とする技術をつかのま得るために、作者当人も呆然としているかも知れないテクストに寄り添ってみる。それは確固たる神の計らいに寄り添うことではなく、不遜かもしれぬ精霊のように、よかれと思う思いなしに半身を寄り添わせてみせる賭けの要素の非常に多い、自由かつ非情の世界だ。そんな世界に身を委ねられるのは、フィクションの世界をおいてほかにはほとんどない。

レールモントフの『デーモン』はそんなフィクションの世界の力学を、最小限の表現行為のなかで、感覚させてくれるすぐれた作品であるように感じた。

http://www.e-ecrit.com/publication/874/

 

ミハイル・レールモントフ
1814 - 1841
ミハイル・ヴルーベリ
1856 - 1910

 

2021年日本のシルバーウィーク、この三連休は積読本を消化 モーリス・ブランショの中編小説五篇を読む。結果、丸呑みのまま、異物として未消化のまま、作品のたくらみが内部に残る


心地よくはないが、何かただごとではない佇まいで読めと迫る小説の姿をまとったことばの塊。

人文科学の先端領域での研究サンプルとしての、一フィクションとしての対話。精神分析言語学を吟味するための限界領域での対話セッションのひとつの例のような印象を各作品にもったりもするのだが、それは、小説というジャンルの作品として提示されているこれらのことばの連なりが、はたして現実界の何の譬喩なのだろうかと、答えなしに読者に問いかけている企みであるような挑発の試みであり、容易に物語の枠組みには収まらず、消化や納得の成立を許さずなおかつ望みもしない、間歇的で微細な意味生成の断片がかろうじて集積しているに過ぎないテクストの不可思議な時空間であるような、落ちつきを与えてくれない言語体験の場となっている。

 

今回読んだ作品のリストは以下になる。

モーリス・ブランショ『死の宣告』三輪秀彦河出書房新社 1978
 [原書]
  死の宣告  1948
  牧歌  1951
  窮極の言葉  1951

モーリス・ブランショ『望みのときに』谷口博史訳 未来社 1998
 [原書]
  望みのときに  1951

モーリス・ブランショ『最後の人/期待 忘却』豊崎光一訳 白水社 1971, 2004
 [原書]
  最後の人  1957
  期待 忘却  1962

 

この五篇のなかで、曲がりなりにも時系列的に劇を再構成し物語を構築できるのは「牧歌」の一篇のみである。この「牧歌」にしてからが、カフカの悪夢的官僚機構に親和的な、思弁的考察を迫る事例提起という様相を持っているのだが、その他の作品は、全体を通しての明確なストーリー展開というものすら存在せず、便宜的に登場させられているような複数の発話主体兼観察対象が織りなす、言語と身ぶりの瞬間的なセッションの相互関連から成る、ほのめかしとすれ違いだらけの解釈の劇といったような相貌しか示してくれない。

いったい、何を読まされているのだろうという思いはつねに基底にあるが、それは何の企みが潜んでいるのだろう、おそらくは、言語と意識と他者と自己との配置にかかわるものだということは察知できるのだが、なにぶん答えも明瞭な問いさえも埋め込まれていないので自分で考えるための端緒として利用するほかない。そのように評価のことばを綴ってみると、不完全な作品、欠陥品という分類に堕ちてしまいそうだが、そうではない。分かりやすくは提示されてはいないが、作品の形式自体が不可解なものがあることを訴えている。言語や人間の不可解さが、100ページ少しのテクストのまとまりから、消しようもなく顔をのぞかせている。

消化できない言語と仕草。自分自身でもわからず消化もできていない言語と仕草。それらが、他者と関係し、さらに自身に反照することで、より不明瞭不安定になるさまを、肌触りの悪さ、居心地の悪さとともに、再創出しようとしていることが、ブランショの小説が示す方向性なのではないか。そんな風におもいつつ読みすすめた三日間であった。

 

モーリス・ブランショ
1907 - 2003