読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

批評

ロラン・バルト『S/Z バルザック『サラジーヌ』の構造分析』(原著 1970, 沢崎浩平訳 みすず書房 1973)

ロラン・バルトとともに読むバルザックの中編小説『サラジーヌ』。ジョルジュ・バタイユが傑作『青空』において宙づりにされたような気持ちにさせられる小説として『嵐ヶ丘』『審判』『失われた時を求めて』『赤と黒』『白痴』などと並べて挙げていた『サラ…

ロバート・スコールズ『スコールズの文学講義 ―テクストの構造分析に向けて―』(原著 1974, 岩波書店 1992)

『記号論のたのしみ』『テクストの読み方と教え方』へ続く三部作の第一作。 基本的には文学における構造主義の運動の歴史的展開を担った研究者とその代表的著作の紹介で、丁寧な読書案内といった趣きが強い。実践的入門書というよりも文学における構造主義の…

塚本邦雄『王朝百首』(講談社文芸文庫 2009 文化出版局 1974)

塚本邦雄の定家撰百人一首嫌いはすさまじく、本書以外にも『新撰 小倉百人一首』があるし、他書でも事あるごとに定家の批評眼について疑問を投げかけずにはいられないようだ。伝統文化として定着してしまった観のある小倉百人一首にそれほど目くじら立てても…

塚本邦雄『珠玉百歌仙』(講談社文芸文庫 2015, 毎日新聞社 1979)

人生は短く芸術は長いとはよく耳にする言葉だが、芸術は非情だ。誰にでも開かれているようでいても、誰もが可能で誰もが到達できる、というわけではない。時代によって、個々の鑑賞者の資質によって、選ばれ称賛される作品に違いは出てくるであろうが、その…

ベルナール・ジュルシェ『ジョルジュ・ブラック 絵画の探究から探究の絵画へ』(原著 1988, 北山研二訳 未知谷 2009)

フランスの近代芸術史家による本格的なジョルジュ・ブラック論。日本語版ではページの上部四分の一が図版掲載スペースになっていて、論じている対象や該当の時代を象徴する作品をたくさん取り上げている。図版数全227点。モノクロームでしかも限られたス…

鶴岡善久『アンリ・ミショー 詩と絵画』(沖積舎 1984)

小海永二と同じくアンリ・ミショーの特異な隠者性に魅かれて詩と絵画の世界を探求した詩人鶴岡善久によるアンリ・ミショー論。多くの詩が引かれ、そこにあらわれたイメージについて語られることが多いので、詩と絵画双方を論じていながら、ミショーの絵画の…

並河亮『ウィリアム・ブレイク 芸術と思想』(原書房 1978)

合理主義を超えて世界の真実を説こうとしたブレイク、そして天地創造はあらゆるものを分裂させてそれをFall(降下)させてしまった神の過ちで、それを回復するのは唯一キリストのみと考えるブレイク。影響を受けたスウェーデンボルグやダンテやミルトンにさ…

高橋源一郎訳の『方丈記』

河出書房新社から出ている池澤夏樹個人編集の日本文学全集では古典作品を現代の小説家がかなり自由に翻訳している。そのなかで『方丈記』を高橋源一郎が翻訳しているということなので、読んでみることにした。いったんは図書館の書棚から手に取ってみて、表…

J・M・G・ル・クレジオ『氷山へ』(原著 1978, 中村隆之訳 水声社 2015)

中南米のインディオとの接触で、ともに衝撃的な言語体験を経て創作活動を行っっていったアンリ・ミショーとル・クレジオ。本書は先行する詩人アンリ・ミショーの二作品に、詩人から大きな影響を受けて作家っとなったル・クレジオが、ミショーの言語実践を変…

オクタビオ・パス『もうひとつの声 詩と世紀末』(原著 1990, 木村榮一訳 岩波書店 2007)

『弓と竪琴』(1956)『泥の子供たち』(1972)につづく詩論三部作の三作目。人間にとっての世界を生むはたらきを持つ想像力の重要性を説く基本姿勢に変わりはないが、本書は詩人と詩の社会的な位置についての言及が比較的多く、詩自体のはたらきにより多く注目…

ジャック・デリダ『コーラ プラトンの場』(初出 1987 ジャン=ピエール・ヴェルナンへ捧げられた共同論文集, 原著 1993, 守中高明訳 未来社 2004)

『コーラ』は古典ギリシア学の大家ジャン=ピエール・ヴェルナンに捧げられたデリダの論文で、ロゴスとミュトスの彼方、感性的なものでも叡智的なものでもない第三のジャンルに属するという、プラトンがコーラの名で示しているものをめぐっての考察である。 …

『富澤赤黄男全句集』(沖積舎 1995)

昭和前期の俳句革新運動である新興俳句運動の作家のなかでも、新たな俳句スタイルを求めてもっとも果敢に変化していった俳人が富澤赤黄男である。文芸の世界での探究努力は、必ずしも優れた成果に結びつくわけではないが、たとえ先細り、道に迷うようなこと…

鈴木貞美『鴨長明 ――自由のこころ』(ちくま新書 2016)

最新の研究を参照しながら新たな鴨長明像を提示しようとした野心的な著作。新書であるにもかかわらず研究書あるいは批判的な考察の多い批評といった印象が強く、鴨長明をある程度読んでいない人にとってはとっつきにくい作品であると思う。少なくとも鴨長明…

久保田淳訳注 鴨長明『無名抄 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫 2013)

思い通りに出世もできず、歌人としても突出できず、老いをむかえて方丈庵に住むようになってからこつこつ散文を書きはじめた鴨長明のことが最近気になり出した。 歌論書『無名抄』は、角川ソフィア文庫で出ているのをブックオフで見かけたということもあって…

オクタビオ・パス『泥の子供たち ロマン主義からアヴァンギャルドへ』(原著 1974, 竹村文彦訳 水声社 1994)

今週末に引越しを控えるなか、荷造りや各種手続きの合間をぬって再読したオクタビオ・パスの詩論集。 『弓と竪琴』につづく本作は、西欧とアメリカとラテンアメリカの近代詩の展開に的を絞って論じている。イギリスとドイツのロマン派の詩人や、フランスの象…

ジャン・デュビュッフェ『文化は人を窒息させる デュビュッフェ式<反文化宣言>』(原著 1968, 杉村昌昭訳 人文書院 2020)

戦後の20世紀を代表するに足るフランスの異端的芸術家による芸術論であり闘争的宣言書。権威筋による既成の価値観に従順な表現は、有用性を付与されるかわりに、特権的ではあるが支配体制に絡め取られ飼い慣らされてしまっている規格化され抑圧的にはたら…

D・H・ロレンス『無意識の幻想』(原著 1922, 照屋佳男訳 中公文庫 2017)

『チャタレイ夫人の恋人』などの小説で有名なD・H・ロレンスの文明批判の書で、生命を阻害する知性を糾弾し、反知性主義を押し出している論考。本人はいたって科学的と主張しながら持論を展開しているのだが、その宇宙論や生命観、性の理論や教育観は、詩…

著・訳:古田亮、著:岡倉覚三『新訳 東洋の理想 岡倉天心の美術思想』(平凡社 2022)

1903年=明治36年にロンドンで出版された『東洋の理想』として知られる天心岡倉覚三の処女作『The Ideals of the East-with special reference to the art of Japan』の最新訳に、訳者古田亮による本篇に匹敵する分量の『東洋の理想』研究が付された最…

ガストン・バシュラール『空と夢 運動の想像力に関する試論』(原著 1943, 法政大学出版局 1968,2016)

物質についての想像力論第3巻、「大気(風)」の想像力、空の詩人に関する研究。飛翔するもの、翼を持つものの詩的世界、また墜落するものの世界。シャルル・ノディエ、リルケ、ニーチェ、シェリー、キーツ、ダヌンツィオ、ヴィクトル・ユゴー、ブレイク、…

ガストン・バシュラール『水と夢 物質的想像力試論』(原著 1942, 法政大学出版局 2008, 2016)

物体に触れてはたらく想像力はエンペドクレス以来の根本四大元素にいたりつくまで進むことによって詩的喚起力を持つイマージュをつくりあげるという。本書『水と夢』は『火の精神分析』(1938)につづいて刊行された物質についての想像力論の第2巻。四大元素…

森田真生『数学する身体』(新潮社 2015、新潮文庫 2018)

数学を専門にしていない人にも開かれた数学と数学する人をめぐっての軽快かつ情緒のある世俗批評。チューリングと岡潔がメインだか、その前段で語られる数学の形式化と基礎づけに関する危機の歴史の語り方が興味深い。数を数える数学の発生にはじまり、心と…

渡辺広士編訳『ロートレアモン論集成』(思潮社 1977)

ロートレアモンは死後50年を経た1920年代にシュルレアリスムの帝王アンドレ・ブルトンが注目したことによってようやく読まれるようになった19世紀の特異な呪われた詩人で、本書にはその再評価の初期段階で書かれた7名のロートレアモン論と論考を翻…

松長有慶『空海』(岩波新書 2022)

新書で手に入りやすい空海最新入門書。真言宗僧侶で全日本仏教会会長も務めた高僧による、空海の著作をベースにした思想伝授に重きを置いた解説書。近作には、『訳註 秘蔵宝鑰』(春秋社 2018)、『訳注 般若心経秘鍵』(春秋社 2018)、『訳注 即身成仏義』…

ガストン・バシュラール『ロートレアモンの世界』(原著 1939, 平井照敏訳 思潮社 1970)

つい最近、蓮實重彦がジャン=ピエール・リシャールのテーマ批評にからめてバシュラールからの影響ということを語っていたネット記事に影響されて手に取ってみた一冊。 理性に先行するイマージュという視点からロートレアモンの詩を論じている。 想定外に破…

エメ・セゼール二冊『帰郷ノート/植民地主義論』(訳:砂野幸稔 平凡社 1997, 平凡社ライブラリー 2004)、『クリストフ王の悲劇 コレクション現代フランス語圏演劇01』(訳:尾崎文太+片桐祐+根岸徹郎、監訳:佐伯隆幸 れんが書房新社 2013)

エメ・セゼールはフランスの海外県でカリブ海西インド諸島の島のひとつマルティニーク出身の詩人、政治家。ネグリチュード(黒人性)という概念を提起し、黒人の地位向上と近代西欧からの精神的解放ののろしを上げ、植民地主義を批判した人物。代表作『帰郷…

見田宗介『宮沢賢治 ― 存在の祭りの中へ』(岩波書店 20世紀思想家文庫12 1984, 岩波現代文庫 2001)

本当の修羅は修羅でない者にむかってことばを投げつけずにはいられないものなのだろう。 だから、多作が可能であり、際限のない推敲が可能となるのだろう。 50歳を過ぎてようやく納得できたのは、私自身は修羅ではないということ。 その差を確認するための…

監修:宇野邦一+鈴木創士、訳:管啓次郎+大原宣久『アルトー後期集成Ⅱ 手先と責苦』(河出書房新社 2016)

明晰と錯乱の混淆した類いまれな作品。アルトーが生前に構想していた最後の作品は、長期間におよぶ精神病院収用の最後の数年間に書かれた書簡と詩的断章からなるもので、妄想と呪詛が現実世界に対して牙をむいている。全集編者による推奨の短文に「アルトー…

三好達治『詩を読む人のために』(岩波文庫 1991, 至文堂 1952)

「初めて現代詩を読もうとする年少の読者のために」書かれた批評家的資質の確かな詩人による現代詩入門書というのが本書の位置づけではあるが、刊行年度が1952年ということもあって、内容的には文語調の近代詩から口語自由詩へ発展し定着していく過程を…

三好達治『萩原朔太郎』(筑摩書房 1963, 講談社文芸文庫 2006)

萩原朔太郎を師と仰ぐ三好達治の詩人論。『月に吠える』『青猫』で日本の口語自由詩の領域を切り拓いたのち、「郷土望景詩」11篇において詩作の頂点を迎えたと見るのが三好達治の評価で、晩年の『氷島』(1934)における絶唱ならぬ絶叫は、詩の構成からい…

畠中哲夫『三好達治』(花神社 1979)

越前三国の地で三好達治の門下生であった詩人畠中哲夫による評論。三好達治自身の作品や生前実際にかわされたことばはもちろんのこと、同時代周辺の文学者たちの表現を多くとりこんで、詩人三好達治の存在がいかなるものであったかを、重層的に表現している…