批評
エメ・セゼールはフランスの海外県でカリブ海西インド諸島の島のひとつマルティニーク出身の詩人、政治家。ネグリチュード(黒人性)という概念を提起し、黒人の地位向上と近代西欧からの精神的解放ののろしを上げ、植民地主義を批判した人物。代表作『帰郷…
本当の修羅は修羅でない者にむかってことばを投げつけずにはいられないものなのだろう。 だから、多作が可能であり、際限のない推敲が可能となるのだろう。 50歳を過ぎてようやく納得できたのは、私自身は修羅ではないということ。 その差を確認するための…
明晰と錯乱の混淆した類いまれな作品。アルトーが生前に構想していた最後の作品は、長期間におよぶ精神病院収用の最後の数年間に書かれた書簡と詩的断章からなるもので、妄想と呪詛が現実世界に対して牙をむいている。全集編者による推奨の短文に「アルトー…
「初めて現代詩を読もうとする年少の読者のために」書かれた批評家的資質の確かな詩人による現代詩入門書というのが本書の位置づけではあるが、刊行年度が1952年ということもあって、内容的には文語調の近代詩から口語自由詩へ発展し定着していく過程を…
萩原朔太郎を師と仰ぐ三好達治の詩人論。『月に吠える』『青猫』で日本の口語自由詩の領域を切り拓いたのち、「郷土望景詩」11篇において詩作の頂点を迎えたと見るのが三好達治の評価で、晩年の『氷島』(1934)における絶唱ならぬ絶叫は、詩の構成からい…
越前三国の地で三好達治の門下生であった詩人畠中哲夫による評論。三好達治自身の作品や生前実際にかわされたことばはもちろんのこと、同時代周辺の文学者たちの表現を多くとりこんで、詩人三好達治の存在がいかなるものであったかを、重層的に表現している…
戦時下の昭和17年9月に刊行された「国民的詩人」三好達治の詩論集。本書では、戦時色が色濃く出ている試論であり、詩人自らの手によって削除入れ替えされる前の七月・八月を補遺として収録して、時代と三好達治自身の移り変わりも見わたせるように配慮さ…
ゲイであることをカミングアウトしている気鋭の哲学者千葉雅也と、能動的な男優以外の演者を中心に据える斬新な演出を繰り出すAV監督二村ヒトシと、戦闘的フェミニストでSNS上で炎上上等の言論活動を繰り広げてもいる彫刻を中心に活動する現代美術家柴…
山川丙三郎の文語訳(1914-1922)ダンテ『神曲』を導きの糸として取り入れていたのは大江健三郎の代表作のひとつ『懐かしい年への手紙』(1987)。本書はその翌年に出版された地獄篇のみの読み解き本で、寿岳文章訳(1974-76)の訳業に大きくインスパイアされてい…
1993年にありな書房から訳出刊行されたマリオ・プラーツの芸術論集『官能の庭』の分冊版の第二巻。 イタリア・ローマに生まれ、専門とするイギリス文学研究については20世紀の最高峰と言われるとともに、自国の美術と文芸にも深い理解を持ち合わせてい…
ベンヤミンの『メディア・芸術論集』を読み返していたところ、シェ―アバルトを褒めている「経験と貧困」というエッセイに目が止まったので、手に取って読んでみた小説。出版社未知谷の編集者による煽り文句は、惰眠をむさぼる「善良な市民へ疾駆するプレ・ダ…
俊成、定家からつづく和歌の家、冷泉家二十五代当主冷泉為人による円山応挙論。箱入り400頁を超える堂々たる造りに、期待感と緊張感をもって手に取ったところ、100頁弱の付録冊子がついていることに虚を突かれた。どう見ても素人の手になるとしか思え…
題名も装丁も青年層向けを意識したもので、中高年が手を出すには気恥ずかしさがある作品ではあるが、シオラン研究者が大学の紀要や哲学討論会での発表の内容をもとにして創りあげられたもので、内容的には手際よくしかも批判的視点を交えながら的確にシオラ…
スイス生まれの中国学者がパリの地の聴衆に向けて講義した荘子の記録。日本人が日本人に向けて語る荘子とはだいぶ違った印象の深読みが実践されていて面白い。荘子を語るにあたって引き合い参照される人物たちがまず独特で、荘子像を新たなかたちで印象づけ…
ヤコービ(1743-1819)を相手にした「汎神論論争」において、当時言論界で無神論者として忌避されていたスピノザの思想をはじめて擁護し、肯定的に読み解く方向性を与えた対話篇。人格神でも目的や意志を持った創造神でもない無限の実体としての神即自然のスピ…
國分功一郎の良いところでもありもの足りないところは紛うかたなき優等生であるところ。嫉妬も込めて、ちょっとだけ刺激不足といいたくなる研究者であり、破綻しない正統派の市民政治の実践家であると、今現在、個人的には捉えている。学究の面でも行政の面…
バークリは、物質を否定し人間の知覚する精神と神の存在のみを実体であるとした18世紀アイルランドの哲学者で聖職者。主著『人知原理論』は1710年の刊行。 バークリの物質否定を強く打ち出した観念論は、ニュートンの自然科学的考えが力を持っていた当…
塚本邦雄の歌論・短詩系文学論における代表作。1950~1960年代、前衛短歌運動が最も盛んだった時期の当事者による批評的営為。短詩型文学を否定した桑原武夫の『第二芸術』 (1946) へ苦い思いを抱き、口語自由詩の作者であり短詩系文学の理論家でも…
戦後の前衛短歌運動を二十一世紀にいたるまで駆け抜けた塚本邦雄を、短歌批評家としての立場から擁護し共に戦った菱川善夫による批評作品。 塚本邦雄が亡くなった2005年6月9日から二ヵ月余り、同年8月25日に刊行された追悼特集『現代詩手帖特集版 …
岩波書店が主催するセミナーの2時間×4回という枠組みで新古今集を正面から扱うことに無理を感じた塚本邦雄が、新古今集成立の周辺を語ることで、新古今集の特徴的な輪郭を炙り出した一冊。 前半部分で新古今風の母体となった六百番歌合と千五百番歌合にお…
はじめから大学勤務の国文学者という肩書しかない人物よりも、原稿料で生きてきた上で大学講師ともなったという肩書の作家の書いた歌人評のほうが、書き手の視点や思い入れが色濃く出ていて、独自研究と愛憎の年輪の深さを背景に、読ませる文章を提供してく…
『新古今和歌集』以後の停滞していた歌の世界に新風を起こした京極派の代表的歌人で、『玉葉和歌集』の下命者でもある伏見院。後鳥羽院とはまた違ったタイプの天才的歌人であったようだ。 撰者の一人で代表的歌人であった定家と反りが合わなかった後鳥羽院に…
京極派を代表する歌人永福門院は伏見院の中宮で、政治的には南北朝時代に大覚寺統と対立した持明院統を支えた中心的人物。京極派の平明で心に染み入るような歌風を代表する歌人で『玉葉和歌集集』に49首、『風雅集』に69首採られている。激動の時代のた…
定家の曽孫にあたる京極為兼。定家晩年の嗜好を受け継ぎ、歌言葉の伝統を踏まえた優美で温雅な読みぶりを主張していた主流の二条派に対して、心のうごきを重視し、伝統的な修辞の枠にこだわらない言葉によって新しい歌の姿を確立しようとしたのが京極派とい…
後鳥羽院をして理想の歌の姿だと言わしめた藤原俊成の歌であるが、実際に読んでみるとどの辺に俊成の特徴があるのかということはなかなか指摘しづらい。薫り高く華麗な読みぶりで、華やかであるとともに軽やかさがあるところに今なお新鮮味を感じさせるが、…
王朝和歌の世界を決定づけた三代集第一の女性歌人は小野小町ではなく伊勢。小野小町は謡曲ほか様々な伝説として現代にまで残っているが、伊勢は伝説になるには輝かしすぎるほどの男性遍歴と子を残し、現実の裏付けのある恋歌と哀歌を残した。同時代歌人との…
名利関係なしの本格的な数寄者、能因。歌に耽溺する人物は歴史上数多くいるとはいえ「能因歌枕」のような後世に大きな影響を与えるほどの著作を持つ歌人はなかなかいない、俗世間から離れ歌枕を訪ね歩く漂白の歌人として、後の西行や芭蕉に大きな影響を与え…
罌粟枯るるきりぎしのやみ綺語驅つていかなる生を寫さむとせし夢の沖に鶴立ちまよふ ことばとはいのちをおもひ出づるよすが 塚本邦雄主宰の歌誌「玲瓏」が創刊されたのが1986年(昭和61年、チェルノブイリ原発事故があった年)、邦雄66歳、島内景二31歳…
西行嫌いを公言していた塚本邦雄が70歳を越えてから雑誌「歌壇」に二年間にわたって連載していた異色の西行評釈。百首のうち曲がりなりにも褒めているのは三分の一程度で、それ以外は完全に否定しているか、もしくはほかの歌人や西行自身のエピソードを語…
式子内親王(1149-1201)が『千載和歌集』編纂の仕事を終えた藤原俊成(1114-1204)に依頼して執筆されたものとされる歌論。一般に歌をどのように詠むのがよいかという趣意を書きあらわすことを、当時たいへん貴重であった紙を贈られるとともに要請された。…