読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

2021-09-01から1ヶ月間の記事一覧

宮下規久朗編『西洋絵画の巨匠⑪ カラヴァッジョ』(小学館 2006)と宮下規久朗『闇の美術史 カラヴァッジョの水脈』(岩波書店 2016)

カラヴァッジョを最初に凄いなと思ったのは、静物画「果物籠」を中学生くらいのときに画集で見たときだったと思う。テーブルの上に置かれた籠は手に取れそうだし、籠の中のブドウは指でつまんですぐに食べられそうなみずみずしさだ。すこし虫に喰われたとこ…

エルヴィン・パノフスキー『<象徴形式>としての遠近法』(原書 1924/25, 哲学書房 1993, ちくま学芸文庫 2009)

哲学者の木田元に、専門分野ではないにもかかわらず自ら翻訳しようとまで思わせた魅力的な研究書。美術史家パノフスキーが近代遠近法の成立過程と意味合いを凝縮された文章で解き明かす。日本語訳本文70ページ弱に対して、原注はその二倍を超えてくる分量…

式子内親王の吐息 「式子内親王集」を読む ① もの思いしつつ、ものをながめているときの、深く長い息づかいに寄り添える歌

日本文芸の表記は漢字かな交じり文であり、使用される文字の種類、漢字の開き具合によって読み手側の印象は異なってくる。 岩波書店古典文学大系80『平安鎌倉私歌集』に収録された「式子内親王集」は、宮内庁書陵部本を底本としたもので、全歌数373首に…

宮下規久朗『聖と俗 分断と架橋の美術史』(岩波書店 2018)

聖と俗、彼岸と此岸の聖別と交流をさまざまな角度から論じた美術論集。アンディ・ウォーホルとキリスト教、シルクスクリーン作品とイコンとの関連を論じた「アンディ・ウォーホル作品における聖と俗」がとりわけ興味深かった。大衆消費社会に流通する代表的…

藤原定家撰『新勅撰和歌集』(1235年完成 久曾神昇+樋口芳麻呂校訂 岩波文庫 1961) 病める華々の消えることのない妖しい形姿と芳香

第9番目の勅撰和歌集。武家社会への移行を決定づけた承久の乱の後の世に、後堀河天皇の命を受け、70歳の重鎮たる定家が時代の推移を踏まえながら単撰した撰集。老年を迎えてからの定家の平淡優艶を好む嗜好性を反映した撰集といわれ、そういわれるのも宜…

ミハイル・レールモントフ『デーモン』(前田和泉訳、ミハイル・ヴルーベリ絵 エクリ 2020)

悲しきデーモン、追放の精霊が罪深き大地の上を飛ぶ なぜに天使は堕ちるのか? それは、能力あるがゆえの過信と傲慢、よかれと思いとった行動が矩を踰えていることに無自覚なため。 冒頭追放されたデーモンがなぜ追放されたかの理由は告げられることはないま…

2021年日本のシルバーウィーク、この三連休は積読本を消化 モーリス・ブランショの中編小説五篇を読む。結果、丸呑みのまま、異物として未消化のまま、作品のたくらみが内部に残る

心地よくはないが、何かただごとではない佇まいで読めと迫る小説の姿をまとったことばの塊。 人文科学の先端領域での研究サンプルとしての、一フィクションとしての対話。精神分析や言語学を吟味するための限界領域での対話セッションのひとつの例のような印…

萩原朔太郎と蟾蜍

萩原朔太郎の詩を読み返したら、ヒキガエルの存在感がすごかったのでメモ。詩人本人はあまり好いていない様子がうかがえるのだけれど、ヒキガエル、朔太郎にとっては一詩神、ミューズみたいな位置づけにいる生物であるような気がした。例: 1.『蝶を夢む』…

福永光司『老子』(朝日選書 1997)

陰気、陽気、冲気。 本書は老荘思想・道教研究の第一人者福永光司による訳解書。老子初読という人であれば、二昔前に出版され、ブームにもなった、加島祥造による英語訳からの重訳『タオ 老子』くらいの軽いものの方がよいかもしれないが、一見素っ気なく書…

【モンテーニュの『エセー』つまみぐい】05. 第二巻第一二章「レーモン・スボンの弁護」(宮下志朗訳 白水社『エセー 4』2010)

モンテーニュ『エセー』のなかでいちばん長い章。白水社版で本文約300ページ。 白水社サイトには「難解な」という形容がつけられているが、訳者や多くの評者が指摘しているように「奇妙な」とか「けったいな」とか「勝手な」という形容がふさわしい叙述の…

堀田善衛『ラ・ロシュフーコー公爵傳説』(集英社 1998 集英社文庫 2005)

小説。 『箴言録』で有名なラ・ロシュフーコーが残した『回想録』の体裁にならって(単行本p398参照)、ラ・ロシュフーコー公爵フランソワ六世が語り手となり、三人称形式と一人称形式を混ぜ合わせながら、ラ・ロシュフーコー家の歴史と十七世紀フランスを中…

ロルフ・ヴィガースハウス『アドルノ入門』(原書 1987 平凡社ライブラリー 1998)

ユルゲン・ハバーマスのもとで哲学の学位取得した著者による辛口のアドルノ入門書。フランクフルト学派全体の研究として評価の高い大冊『フランクフルト学派 ―歴史、理論的発展、政治的意義』(1988)と同時期に書かれたアドルノの業績全般の紹介の書で、コ…

蓮實重彦『増補版 ゴダール マネ フーコー ―思考と感性をめぐる断片的な考察』(青土社 2019)

狂暴、危険。だが愛がある。学識もある。記号の集積にしかすぎないのに生々しい現実感をもって迫り、訴えかけてくる一冊。質量ともに圧倒的で繊細華麗なフィルム体験とテクスト体験に裏打ちされた言説が、粗雑さや非歴史的な抽象性に気づかずにいるものたち…

AIX(人工知能先端研究センター)監修『人工知能と社会 2025年の未来予想』(オーム社 2018)

いまから四年後(出版時からは七年後)、2025年が分水嶺になるよ、ということから人工知能と日本の社会を論じた一冊。 なぜ2025年かというと、日本の激烈な少子高齢化のなかで、きわめて厚い層を占める団塊の世代(1947年~1949年の3年間に生まれた世代)が…

ポール・ヴァレリー『精神の危機 他十五篇』(岩波文庫 2010)

20世紀前半、第一次世界大戦終結からヴァレリー晩年の第二次世界大戦終結期までに発表された講演や式辞、エッセイを集めた一冊。西欧精神の優位と没落を併せ語っているところに機械文明・機械産業膨張期に対しての旧世代最後の抵抗がきこえてくる。抵抗と…

アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン『美学』(原書 1750/58, 玉川大学出版部 1987, 講談社学術文庫 2016)

美学はじまりの書。西欧古典をベースに展開される感性的な領域にかかわる教養についての学問書。美学あるいは感性の学が扱うべき範囲を調査整理しながら、古典作品の具体例を伴った美的領域への導きとなる指導書という感触がある。おもにギリシア、ローマの…

ミヒャエル・エルラー『知の教科書 プラトン』(原書 2006 講談社選書メチエ 2015)

著者ミヒャエル・エルラーは2001年から2004年まで国際プラトン学会会長を務めたドイツ人研究者。ちなみに日本人では納富信留が2007年から2010年まで会長職を務めている。 最新の研究データをとり入れながら偽作を含めてプラトンの生涯と作品全体を見渡せるよ…

プラトン『法律』(岩波文庫 全二冊 1993)

プラトン最後の対話篇。70歳代の作品。ソクラテスが登場しない唯一の対話篇でもあり、プラトンの思想を仮託されるのは「アテナイからの客人」になる。クレテ島のある地域に植民を行ないマグネシアという都市国家を建設するにあたり制度設計と法律の制定を…

藤沢令夫『プラトンの哲学』(岩波新書 1998)

プラトンの著作自体を読みたくさせるすぐれた案内書。とりわけ『テアイテトス』『国家』『パイドロス』『ティマイオス』『法律』などで語りの対象となる魂=プシュケーやイデアに関する案内解説にキレがある。特に第五章[Ⅴ「汝自身を引き戻せ」―反省と基礎固…

堀田善衛『定家明月記私抄』(新潮社 1986 ちくま学芸文庫 1996)『定家明月記私抄 続篇』(新潮社 1988 ちくま学芸文庫 1996) 聖なる非現実の世界を写す和歌と俗なる現実の世界を写す日記

作者堀田善衛が読み解くのは、藤原定家(1162-1241)が歌の家を確立し永続させるための秘伝を伝える意図も持って書かれた漢文日記、明月記。公務と荘園経営の記録を軸に、王朝の動向と京の街の情景もしっかりと描き込まれている。時代は平安末期から鎌倉初期…