読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

2021-08-01から1ヶ月間の記事一覧

フッサール『現象学の理念』(講義 1907 原書 1947, 1958 作品社 長谷川宏訳 1997)

フッサールの現象学探究のはじまりの講義五講がまとめられたもの。平明を心がけることを方針としてもっている長谷川宏の訳でも読みずらいということは、フッサールの語りそのものが聴講者へのサービス精神をあまり含まないもので、そういうものだとあきらめ…

廣末保『四谷怪談 ―悪意と笑い―』(岩波新書 1984)

日本近世文学研究者、廣末保の語りの芸が冴える新書の研究書。幕藩制が崩れ落ちていく中の文政八年(1825年)に初演された鶴屋南北の歌舞伎狂言『東海道四谷怪談』を、当時の配役とその役者の特徴も踏まえながら、研究の文章において説明しつつ再上演させて…

アントニオ・ネグリ+マイケル・ハート『マルチチュード <帝国>時代の戦争と民主主義』(原書 2004 NHKブックス 2005) 左翼は愛がなくなったときにその生命はおわるんだなと確認させてくれた一冊

左翼の魂は愛、個人的な愛ではなく「公共的で政治的な愛」が肝となる。柄谷行人の交換様式Xの位置にあるアソシエーションも、言葉をかえればこの「公共的で政治的な愛」となる。左翼は愛がなくなったときにその生命は終わり、権威主義、教条主義、官僚機構…

柄谷行人『ニュー・アソシエーショニスト宣言』(作品社 2021) マヌケの抜け道としてのアソシエーションを肯定的に語った本

マヌケの抜け道としてのアソシエーション([協同]組合、[自由]連合)を肯定的に語った本。NAM(新アソシエーショニスト運動)から20年、学生運動からかぞえれば62年、ゆるぎない思索と運動から得た経験を、失敗を含めて語り明かした、現時点での総括…

井上正蔵訳『マルクス詩集』(彌生書房 世界の詩 71 1979)詩人としてのカール・マルクス(1818-1883)

マルクスの詩はおもに大学時代に書かれたもので、情熱的な詩句にあふれている。1836年、18歳のマルクスは四歳年上の姉の友人でもある恋人イェーニーと周囲に秘密のうちに結婚の約束をしている。そのイェーニーに宛てて書かれた詩は、激しくもロマンティーク…

ハインリヒ・フォン・クライスト『クライスト名作集』(白水社 1972)

クライストの戯曲五篇。 一筋縄ではいかない主人公たち、敵役たち。ドゥルーズ+ガタリの『千のプラトー』ではカタトニー(緊張病)という言葉でも表現されているように、極度の精神的緊張状態において突然意志や行動の転換もしくは昏倒が起こって劇の世界に…

ハインリヒ・フォン・クライスト『ペンテジレーア』(執筆時期 1806/7年)仲正昌樹と岩淵達治の翻訳比較とちょっとした私のクライスト観

仲正昌樹は自身の『ペンテジレーア』翻訳以前の既訳の業績として岩波文庫の吹田順助訳、沖積舎クライスト全集の佐藤恵三訳の二種があるというふうに記していたのだが、すくなくとももうひとつの既訳はわりと手にしやすい形で世に出まわっていて、それは白水…

廣末保『芭蕉 俳諧の精神と方法』(平凡社ライブラリー 1980)

一冊の本を読むにあたっては中身を読む順番で印象がだいぶ変わってくることがある。本書についてはロシア文学者の桑野隆のあとがき、著者のあとがきにかえて部分収録された『隠遁の韜晦』の文章を先に読んでから、本文としての各芭蕉論にすすんでいくという…

西村清和『幽玄とさびの美学 日本的美意識論』(勁草書房 2021)

美学者による幽玄とさびの概念分析。明治以降の西洋近代化の過程で再発見された日本的美についての言説の行きすぎをいさめつつ、個々の作家、作品、評釈を読み直すことで、実際に使用される言葉の用法からおのおのに込められた美意識を拾い、その適用範囲を…

ジャック=アラン・ミレール編 ジャック・ラカン『フロイトの技法論』セミネールⅠ巻(セミネール 1953/4 原書 1975, 岩波書店 1991)

現実的なもの-想像的なもの-象徴的なもの(現実界-想像界-象徴界)の関係がランガージュ(言語活動)とパロール(はなし・ことば)のはたらきから徐々に理解できるようにすすむ一番最初のラカンのセミネール。50代前半の脂の乗ったときの仕事。以前読んだ…

ジョン・ミルトン(1608-1674)『闘士サムソン』(原書 Samson Agonistes 1671年, 小泉義男訳註 弓書房 1980)

『闘士サムソン』は、旧約聖書『士師記』第一三章から第一六章までのサムソンとデリラとペリシテ人たちとの詩句に取材したミルトン晩年の劇詩。復讐劇。妻に裏切られ政治的に敗北し投獄されたうえに盲目での生を余儀なくされたサムソンに、清教徒革命と王政…

ハインリヒ・フォン・クライスト『ペンテジレーア』(執筆時期 1806/7年, 仲正昌樹訳 論創社 2020) ドゥルーズの誘いにのってクライストの戯曲を読んでみる

戦闘女族アマゾンの女王ペンテジレーアとギリシアの戦士アキレスとの恋と戦闘を描く戯曲。悲劇。 ドゥルーズ+ガタリの『千のプラトー』でクライスト推しが強烈だったので、それならばと誘いにのって、仲正昌樹訳のクライストからクライストの世界に足を踏み…

ジャック・ラカン『アンコール』セミネール第ⅩⅩ巻(セミネール 1972-1973, 原書 1975, 講談社選書メチエ 2019)

ラカンの後期セミネールの翻訳。70歳を越えてのみずみずしい教え。尽きることのない攻める姿勢、探究と魂鎮めの張り詰めた空間、緊張感ある分析空間から、世界の淵に足をかけながら激しく演じられている精神の劇的様相をあらわにしてくれている。 本書のい…

ジャン=ピエール・リシャール『ロラン・バルト 最後の風景』(原書 2006, 水声社 2010) マナとしての語

蓮實重彦が敬愛するテマティスム批評(テーマ批評)の雄ジャン=ピエール・リシャールが語るロラン・バルト。批評の対象となる作家や作品を慈しむことにおいて並び立つリシャールとバルトの共演は、とてもすてきだ。「傑作とはまさに、あらゆる風とあらゆる…

ロラン・バルト『テクストの楽しみ』(原書 1973, 鈴村和成訳 みすず書房 2017)

テクストの快楽、読むことの歓び。 ロラン・バルトの軽やかな誘惑に乗せられて、本を読むことはいいことだと単純に読みすすめていくと、人生のメインストリームからは見事に外れていくことにもなるので要注意ではあるのだが、気がついた時には岸辺からすら遠…

ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ『千のプラトー』(原書 1980, 河出書房新社 1994, 河出文庫 2010)

すごかった。笑える哲学書というのもめずらしい。本文もそうだけれどインパクトのある挿入図が独特で、その突飛さに思わずなんども吹きだした。笑いだけではなく、おそろしくいろいろなものがつめ込まれている。喜怒哀楽、戦慄、絶望、恐怖、愛、戦略、計画…

エルンスト・カッシーラー『十八世紀の精神 ルソーとカントそしてゲーテ』(原書 1945, 英訳 1962, 思索社 原好男訳 1989)

十八世紀の啓蒙主義期における大人物、ルソーとカント、ゲーテとカント、一般的には資質や思索の方向性にあまり類似が見られない著述家のカップリングに深く交流している部分があることを浮かび上がらせるふたつのエッセイ。ルソーとカントでは意志と自由に…

中島真也『大伴旅人』(2012年 コレクション日本歌人選 041)

大伴旅人(665 -731)は万葉集を読んだときにいちばん好きかもしれないとおもった歌人。本書の付録エッセイを書いた『折々の歌』の大岡信も大伴旅人がいちばん好きらしい。この大伴旅人を父に大伴郎女を叔母に持つのが万葉集編者たる大伴家持であるが、より本…

吉野朋美『後鳥羽院』(2012年 コレクション日本歌人選 028)

世を治める立場にあった天皇・上皇の和歌の歌いぶりは臣下や女官たち地下の者の歌とは構えが異なり「帝王振り」などとも呼ばれる。国を思い民を思う視野の大きさと、なにものにも疎外されない立場からくる鷹揚さと威厳が、歌にもあらわれる。「帝王振り」と…

訳註 沓掛良彦『ホメーロスの諸神讚歌』(平凡社 2009)

古典注入。岩波文庫に逸身喜一郎+片山英男訳で「四つのギリシャ神話 『ホメーロス讃歌』より」(1985)があるが、こちらは全訳。全33篇の翻訳と訳注、解題から構成される。本日読んだのは本編と解題。本編だけからでは読み取ることができない詩文に込められ…

松本健二訳『サセル・バジェホ全詩集』(現代企画室 2016 )

サセル・バジェホ(1892-1938)は20世紀初頭のペルーのスペイン語前衛詩人。トリスタン・ツァラやルイ・アラゴン、ピエール・ルヴェルディ、パブロ・ネルーダなどと交流があった海外ではかなり評価の高い詩人(中国語訳やハングル語訳もあるようだ)。本書は…