読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

海外の古典

エピクテトス『人生談義』(國方栄二訳 岩波文庫 全二冊 上巻 2020, 下巻 2021)

ストア派の哲人エピクテトスは、彼が敬愛するソクラテス同様、自分ではなにも書かなかった。 ソクラテスの言行を弟子のプラトンが残したように、エピクテトスの言行は弟子のアリアノスによって残された。 歴史家として著作を持つアリアノスの書き残したエピ…

アラン・バディウ『思考する芸術 非美学への手引き』(原書 1998, 坂口周輔訳 水声社 2021)

訳文の中に出てくる「免算」という見慣れない語彙に引っ掛かった。 「免算」だけでは検索でヒットしなかったので、「免算 数学」と「免算 バディウ」で検索したところ、科学研究費助成事業データベースに導かれていった。 アラン・バディウの数学的存在論と…

ヴォルテール『寛容論』(原書 1763, 中川信訳 現代思潮社 1971, 中公文庫 2011)

光文社古典新訳文庫の斉藤悦則の新訳(2016)もあるらしいが昔からある中川信の訳で『寛容論』を読んだ。 不寛容が拡がっている世の中で、あらためて読み直されている古典、らしい。 カソリックとプロテスタントの対立が長くつづいていた18世紀フランスに起…

ジョルジュ・プーレ『人間的時間の研究』(原書 第1巻 1949, 第2巻「内的距離」1952, 筑摩叢書 第1巻 1969, 第2巻 1977 )

日本ではなんでも翻訳されているということはよく言われていることではあるのだが、そんなことはない、ということを知らせてくれる貴重な書物。ヌーヴェル・クリティックの代表的な作品であるジョルジュ・プーレ『人間的時間の研究』(全4巻、1949‐1968)も、…

カール・シュミット『陸と海 世界史的な考察』(原書 1942, 中山元訳 日経BPクラシックス 2018)

21世紀の世にあって地政学の古典となった一冊。シュミットの政治学的思想の核となる「友-敵理論」にも言及されていて、なかなか興味深い。 ナチスへの理論的協力を経て、思想的齟齬失脚の後に出版されたシュミット40代半ばの著作。娘のアニマに語りかけ…

ミハイル・レールモントフ『デーモン』(前田和泉訳、ミハイル・ヴルーベリ絵 エクリ 2020)

悲しきデーモン、追放の精霊が罪深き大地の上を飛ぶ なぜに天使は堕ちるのか? それは、能力あるがゆえの過信と傲慢、よかれと思いとった行動が矩を踰えていることに無自覚なため。 冒頭追放されたデーモンがなぜ追放されたかの理由は告げられることはないま…

2021年日本のシルバーウィーク、この三連休は積読本を消化 モーリス・ブランショの中編小説五篇を読む。結果、丸呑みのまま、異物として未消化のまま、作品のたくらみが内部に残る

心地よくはないが、何かただごとではない佇まいで読めと迫る小説の姿をまとったことばの塊。 人文科学の先端領域での研究サンプルとしての、一フィクションとしての対話。精神分析や言語学を吟味するための限界領域での対話セッションのひとつの例のような印…

福永光司『老子』(朝日選書 1997)

陰気、陽気、冲気。 本書は老荘思想・道教研究の第一人者福永光司による訳解書。老子初読という人であれば、二昔前に出版され、ブームにもなった、加島祥造による英語訳からの重訳『タオ 老子』くらいの軽いものの方がよいかもしれないが、一見素っ気なく書…

ポール・ヴァレリー『精神の危機 他十五篇』(岩波文庫 2010)

20世紀前半、第一次世界大戦終結からヴァレリー晩年の第二次世界大戦終結期までに発表された講演や式辞、エッセイを集めた一冊。西欧精神の優位と没落を併せ語っているところに機械文明・機械産業膨張期に対しての旧世代最後の抵抗がきこえてくる。抵抗と…

ハインリヒ・フォン・クライスト『クライスト名作集』(白水社 1972)

クライストの戯曲五篇。 一筋縄ではいかない主人公たち、敵役たち。ドゥルーズ+ガタリの『千のプラトー』ではカタトニー(緊張病)という言葉でも表現されているように、極度の精神的緊張状態において突然意志や行動の転換もしくは昏倒が起こって劇の世界に…

ハインリヒ・フォン・クライスト『ペンテジレーア』(執筆時期 1806/7年)仲正昌樹と岩淵達治の翻訳比較とちょっとした私のクライスト観

仲正昌樹は自身の『ペンテジレーア』翻訳以前の既訳の業績として岩波文庫の吹田順助訳、沖積舎クライスト全集の佐藤恵三訳の二種があるというふうに記していたのだが、すくなくとももうひとつの既訳はわりと手にしやすい形で世に出まわっていて、それは白水…

ジョン・ミルトン(1608-1674)『闘士サムソン』(原書 Samson Agonistes 1671年, 小泉義男訳註 弓書房 1980)

『闘士サムソン』は、旧約聖書『士師記』第一三章から第一六章までのサムソンとデリラとペリシテ人たちとの詩句に取材したミルトン晩年の劇詩。復讐劇。妻に裏切られ政治的に敗北し投獄されたうえに盲目での生を余儀なくされたサムソンに、清教徒革命と王政…

ハインリヒ・フォン・クライスト『ペンテジレーア』(執筆時期 1806/7年, 仲正昌樹訳 論創社 2020) ドゥルーズの誘いにのってクライストの戯曲を読んでみる

戦闘女族アマゾンの女王ペンテジレーアとギリシアの戦士アキレスとの恋と戦闘を描く戯曲。悲劇。 ドゥルーズ+ガタリの『千のプラトー』でクライスト推しが強烈だったので、それならばと誘いにのって、仲正昌樹訳のクライストからクライストの世界に足を踏み…

訳註 沓掛良彦『ホメーロスの諸神讚歌』(平凡社 2009)

古典注入。岩波文庫に逸身喜一郎+片山英男訳で「四つのギリシャ神話 『ホメーロス讃歌』より」(1985)があるが、こちらは全訳。全33篇の翻訳と訳注、解題から構成される。本日読んだのは本編と解題。本編だけからでは読み取ることができない詩文に込められ…

【4連休なのでユリシーズと美学の本を読んでみる】02 連休3日目通読完了:丸谷才一ほか訳『ユリシーズ』後半(13から18章)読了後の虚脱と祝杯のなかブログを書く

変則的な訳者訳書構成ではあるがジョイスの『ユリシーズ』の通読完了。ひさびさに「全体小説」©ジャン=ポール・サルトルということばが思い浮かんできた。「全体小説」は、サルトルがジョイスの『ユリシーズ』などの先行作品を想定して作り上げた概念(自作…

ペトラルカ『無知について』(原書 1371 岩波文庫 2010 )

イタリア・ルネサンスのキリスト教的ユマニスムの主唱者ペトラルカが、同時代のスコラ文化圏のアリストテレス派知識人から受けた「善良だが無知」という批判に対する論駁の書。アリストテレスの自然哲学思想にも通じているペトラルカ自身の学識もやんわりと…

ウェルギリウス『牧歌・農耕詩』(河津千代訳 未来社 1981)

『アエネーイス』のほかでウェルギリウス(B.C.70 - B.C.19)の代表作とされる二作の日本語訳。訳者である河津千代は本来は児童文学作家で、著作『詩人と皇帝』(アリス館 1975 未読)で初代皇帝アウグストゥス=オクタヴィアヌスと詩人ウェルギリウスとの関…

岩崎宗治編訳『ペトラルカ恋愛詩選』とダンテの詩作

ダンテは9歳の時に同い年のベアトリーチェに出会い、以後の美と聖なるものの方向性が決定した。22歳のペトラルカは1327年4月6日、永遠の愛の対象となるラウラに出会い、以後の詩作の核となるものが刻印された。ダンテとペトラルカは愛すべき対象を…

宇佐美斉訳『ランボー全詩集』(ちくま文庫 1996 ) 陶酔と忍耐

京大名誉教授で仏文学者である宇佐美斉のランボーは、先行する訳者、たとえば小林秀雄や中原中也などと比較すると、だいぶ穏当な表現になっていて、情動に訴えかけるという面ではすこし物足りないところもあるのだが、フランス近代詩の早熟の天才の感性と令…

セネカ『神慮について』( 原著 64, 岩波文庫 1980 )神々と人間が水平にいる世界観

『神慮について』は茂手木元蔵訳の岩波文庫旧版『怒りについて』に収録されている一篇。東海大学出版会の『道徳論集』にも収められている。 「神慮について」の原題は"De Providentia"。「神慮」は「摂理」とも訳される神学用語。セネカが神を語るときに想定…

オリヴィエ・コーリー『キルケゴール』(白水社文庫クセジュ 1994)異質な世界を観ている人の世界観への案内

歴史に残る偉人というものは、凡人からみればみな変態で、消化しきれないところがあるからこそ意味がある。異物感、異質感。複雑すぎて味わいきれないニュアンス、踏み入ることのできない単独性を帯びた感受性の領域を持つ人間の観ている世界。おそらく消化…

集英社 漢詩体系17 蘇東坡(1037-1101)(訳・解説 近藤光男 1964年一刷発行 )どこに行っても言葉に不自由しない苦吟と無縁の詩人の業績

蘇軾。中国北宋の人。政治家としては守旧派、詩人としてはどの地域のどの主題にも対応できる万能の人。書家、画家としても優れ、音楽も能くする。革新派との政治的な勢力争いの中で、左遷と地位回復を繰り返した人生の中での詩作。66年の生涯で、2714…

中島敦(1909-1942)の遺作「李陵」と典拠の中国古典

『文選 詩篇 (五)』で李陵と蘇武の作とされる漢詩を読んで、中島敦の「李陵」が気になりだしたので、典拠として挙げられている中国の古典とともに久しぶりに読んでみた。高校以来だろうか。「李陵」の主要な登場人物は前漢第七代皇帝武帝が北方の匈奴と攻…

セーレン・キェルケゴール『死に至る病』(原書 1849 講談社学術文庫 2017)絶望の反対は希望でなく信仰

副題は「教化と覚醒のためのキリスト教的、心理学的論述」。『キリスト教の修練』と併せて当時のデンマーク国教会(キリスト教プロテスタントのルター派の教会)の批判の書として書かれている。時代が異なる異教徒が読む必要があるかどうかという視点では、…

『文選 詩篇 (六)』(岩波文庫 2018)人が動けば人ごとに現われる文様

第六巻は最終巻、引き続き雑詩、雑擬と、先行作品を参照した模擬詩を中心に、さまざまな詩形と内容の詩が収録されている。雑擬は文選のなかに摸倣詩によるアンソロジーが組み込まれているような感じ。 江淹(444-505) 阮步兵 詠懷 籍 靑鳥海上遊鸒斯蒿下飛…

『文選 詩篇 (五)』(岩波文庫 2018)書類に沈む人生と詩

第五巻は楽府、挽歌、雑歌、雑詩を収録。雑歌、雑詩に於いて詩に詠われるもののバリエーションが増え、具体的な日常の様子が詠いこまれるものも現われる。1800年前の事務職従事者の憂いと詠嘆は、今の時代と何ら変わらない。変わってもよさそうなものだ…

『文選 詩篇 (四)』(岩波文庫 2018)無文字から微・風・吹・閨・闥・羅・帷・自・飄・颺

第四巻は贈答、行旅、軍戎、郊廟、楽府の詩を収録。左遷や離別などの憂愁を詠ったものが多く、身近に感じることのできる詩が多い。特に民間の歌謡とそれを模した歌謡詩を収めた「楽府」の詩は繰り返し読める。 傷歌行 昭昭素明月輝光燭我牀憂人不能寐耿耿夜…

『文選 詩篇 (三)』(岩波文庫 2018)風雅と野蛮の贈答詩

第三巻は贈答の詩。詠い手は皇帝と高級官僚とその取巻き。詩句の後ろに政治的駆け引きや利害関係が隠されているものもあって、注釈などと読み合わせると非常に生臭いものであったりもする。アドルノは「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」と…

カール・マルクスの学位論文『デモクリトスの自然哲学とエピクロスの自然哲学との差異』(原書 1841)と七冊のノート 渦巻きとクリナメンとダイモン

マルクス、二十三での哲学博士取得論文。たんに自己意識の平静を目的としており実証的に観察し考察された学説ではないと批判されてきたエピクロスの自然哲学を、原子概念における形式と質量あるいは本質と現存在との無矛盾性という視点から哲学的に再評価す…

オーギュスト・コント『ソシオロジーの起源へ』(原書 1854, 白水社 杉本隆司訳 2013)マルクス、ウェーバー、デュルケムも読んだ社会学の祖の著作

社会学者見田宗介(真木悠介)の本を三冊連続で読んだところで、社会学のはじまりを知っておくために社会学 sociologie という言葉自体の生みの親、オーギュスト・コントの著作を読んでみた。見田宗介の本にはウェーバーやデュルケムへの言及はあってもコン…