読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

西洋絵画

ミシェル・テヴォー『誤解としての芸術 アール・ブリュットと現代アート』(原著 2017, 杉村昌昭訳 ミネルヴァ書房 2019)

ミシェル・テヴォーはジャン・デュビュッフェが1976年にローザンヌに設立したアール・ブリュット・コレクションの初代館長を26年間にわたって務めた人物。ローザンヌ大学を卒業後、フランス社会科学高等学院に学んだ秀才で、本論考にも見られる視野の…

末永照和『評伝ジャン・デュビュッフェ アール・ブリュットの探究者』(青土社 2012)

芸術の使命は創造的壊乱と個性の本来的な独走表現にあるといった信念のもとに生き活動したジャン・デュビュッフェの肖像を活写した日本オリジナルの評伝。シュルレアリスムの帝王アンドレ・ブルトンとも正面切って論争し、自分の主張や感情を曲げず傍若無人…

ジャン・デュビュッフェ『文化は人を窒息させる デュビュッフェ式<反文化宣言>』(原著 1968, 杉村昌昭訳 人文書院 2020)

戦後の20世紀を代表するに足るフランスの異端的芸術家による芸術論であり闘争的宣言書。権威筋による既成の価値観に従順な表現は、有用性を付与されるかわりに、特権的ではあるが支配体制に絡め取られ飼い慣らされてしまっている規格化され抑圧的にはたら…

針生一郎責任編集『現代世界の美術 アート・ギャラリー 20 デュビュッフェ』(集英社 1986)

既成の価値観と消費形態に囚われない純粋な表現活動としてのアール・ブリュット(生の芸術)を提唱したデュビュッフェであるが、本人の創作活動はアール・ブリュット系の作品に似ているところはあるものの、スタイルの創造に意識的な職業的芸術家のものであ…

フランチェスコ・ヴァルカノーヴェル『イタリア・ルネサンスの巨匠たち 〈23〉 カルパッチョ』(原著 1989, 東京書籍 1995)

日本でカルパッチョの作品をまとめてみることのできる貴重な作品集。図版数は76。 個別の代表作を偏りなく冷静に取り上げて紹介しているのがいちばんの妙味。 初期作品から晩年にいたるまで、大きな画面の隅々にまで神経のいきわたった揺るぎない緊張感が…

原作:ミゲル・デ・セルバンテス、訳・構成:谷口江里也、挿画:ギュスターヴ・ドレ『ドレのドン・キホーテ』(原作 1605, 宝島社 2012)

ドレの挿画178点とともに読む『ドン・キホーテ 正編』の縮約翻訳本。岩波文庫版だと正編=前篇部分が三冊で1200ページ、本作はドレの挿画を含めて446ページなので約3分の1の分量。原作を読むのに躊躇している人にとっても52の話が欠けることなく…

アルベルト・マルチニ監修『ファブリ世界名画集 72 ヴィットーレ・カルパッチョ』(原著 1964, 解説:目形照 平凡社 1973)

現代の日本においてヴィットーレ・カルパッチョの作品といえば、ふたりの高級娼婦の姿を描いたというコッレール美術館所収の『二人のヴェネツィアの女性』で、画家が活動していた当時の最先端のファッションを身にまとっている世俗的人物を、落ち着いた筆致…

ヤマザキマリ『ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論』(集英社新書 2015)

マンガ家でエッセイストのヤマザキマリは17歳から単身イタリアに渡って油絵と美術史を学んだ筋金入りの美術専門家であり美術愛好家である。現在もイタリア在住で、主にイタリアでの日常的な芸術体験がもとになった精神の自由をうたいあげる知性の輝きがま…

吉川一義『カラー版 絵画で読む『失われた時を求めて』』(中公新書 2022)

プルーストと絵画が専門の著者吉川一義は岩波文庫版『失われた時を求めて』の翻訳者でもある。2022年プルースト没後百年に出版された本書は、作品中陰に陽に言及される絵画作品に焦点を当て、長大な作品のさまざまな登場人物と作品があつかうさまざまな…

谷口江里也『ドレのロンドン巡礼 天才画家が描いた世紀末』(ドレの原作 18872, 講談社 2013)

地上に縛られることのない高貴さの象徴としての天使の素足と地上で虐げられた生活を強いられていることの悲惨さのあらわれとしての貧民の靴を履けない裸足。その両極の間に、貴族上流階級の着飾った姿に履かれるブーツ(女性は衣装のため靴は見えない)と労…

高木昌史『美術でよむ中世ヨーロッパの聖人と英雄の伝説』(三弥井書店 2020)

グリム兄弟や伝承文学などが専門のドイツ文学者高木昌史が文学と美術の両面から中世ヨーロッパの世界を案内する一冊。聖人や英雄伝説への入門あるいは再入門として伝説の概要とテキスト本文の引用がまず提示されたあと、その伝説に取材した視覚芸術家の作品…

『ドレの昔話』(原作:シャルル・ペロー、翻案:谷口江里也、挿画:ギュスターヴ・ドレ 宝島社 2011)

グリム兄弟によって収集された童話集に先行するフランス人詩人のシャルル・ペローによる民間伝承をベースにした物語集。谷口江里也によって現代風にアレンジされているところもあるようだが、基本的にシャルル・ペロー作品に忠実で、近代的な物語の枠組みか…

谷口江里也『ラ・タウロマキア(闘牛術)/ロス・ディスパラテス 視覚表現史に革命を起した天才ゴヤの第三・四版画集』(未知谷 2016)

近代絵画の扉を開いたゴヤ晩年の二つの版画集。 第三版画集『ラ・タウロマキア(闘牛術)』は1816年の刊行。ゴヤ70歳での作品集。未刊行の第二版画集『戦争の悲惨』から6年後の刊行になる版画集は、ゴヤの愛した闘牛の世界に取材した作品集。闘牛の歴史…

谷口江里也『戦争の悲惨 視覚表現史に革命を起した天才ゴヤの第二版画集』(未知谷 2016)

第二版画集『戦争の悲惨』は1810年、ゴヤ64歳の年に制作を開始されたと考えられる未刊行の第二版画集。1806年からのナポレオン軍のスペイン侵攻に対して、スペイン全土に湧き上がった民衆ゲリラ軍の決死の戦いを、依頼もなく出版の目途も立たない…

谷口江里也『ロス・カプリチョス 視覚表現史に革命を起した天才ゴヤの第一版画集』(未知谷 2016)

ゴヤの第一版画集『ロス・カプリチョス』は1798年、ゴヤ52歳の時の自費出版作品。この年はスペインの首席宮廷画家にも任命された年でもあったが、フランス革命以降の市民社会の動向、王室や教会の権威の弱体化を感じて、国家最上層のパトロンを相手に…

山田五郎『へんな西洋絵画』(講談社 2018)

絵が下手がゆえにどうにもへんな画面を創ってしまう画家と、上手すぎるがゆえに恐ろしいまでに緻密で驚異的な画面を創ってしまう画家がいるということをベースにして、時代の技術的要請と感覚的枠組みを交えながら、こころざわつくへんな西洋絵画を解説する…

1990年の英国祭(UK90)にあたって国立西洋美術館で開催された展覧会のカタログ『ウィリアム・ブレイク William Blake 1990』の第二版(日本経済新聞社 1990)

ニーチェに先立って従来のキリスト教的価値観を超える善悪の彼岸を、自身の詩作と版画と水彩画によって切り拓こうとしたイギリスの芸術家ブレイクの、画家としての業績を、基本的に年代順に紹介した作品展のカタログ。ブレイクは銅版画家、挿絵画家が生計を…

ユセフ・イシャグプール『現代芸術の出発 バタイユのマネ論をめぐって』(原著 1989, 法政大学出版局 川俣晃自訳 1993) 付録「スーラ―分光色素(スペクトラール)の純粋性」(1991)

テヘラン出身パリ在住の哲学者による現代絵画論二本。 マネ論「現代芸術の出発」は、バタイユのマネ論を主軸に、油彩技法の革新者であるファン・エイクから、現代絵画をはからずも切り拓いたマネの絵画技法に至る流れを、より俯瞰的に示したエッセイ。マネの…

『日々はひとつの響き ヴァルザー=クレー詩画集』ローベルト・ヴァルザー 詩 + パウル・クレー 画(平凡社 2018 編:柿沼万里江 訳:若林恵,松鵜功記)

2012年、スイスで開催された東日本大震災の一周年追悼式で、クレー作品を映写しながらのローベルト・ヴァルザーの詩の朗読会が行われたことがきっかけとなってつくられた詩画集。日本語とドイツ語で行われた朗読会での聴衆の反響が大きかったことから、…

ハンス・K・レーテル『 KANDINSKY カンディンスキー』(原著 1977, 美術出版社 世界の巨匠シリーズ 千足伸行訳 1980)

カラー図版48点に著者ハンス・K・レーテルによる図版解説と序文がついた大判の画集。油彩だけでなく木版画やリトグラフなどの作品にも目配せがされているカンディンスキーの画業全般の概要を知ることができる一冊。全油彩点数1180点から見れば、参照用の…

カンディンスキー+フランツ・マルク編『青騎士』(初版 1912 ミュンヘン, 白水社 岡田素之+相澤正己訳 新装版 2020)芸術あるいは造形物のフォルムの内的必然性

創刊号だけに終わってしまったが後の世に大きな影響を与えた美術年刊誌『青騎士』の日本語訳復刻本。第一次世界大戦の勃発と主筆の位置にいたカンディンスキーの頑張りすぎが祟って第二巻以降は発行されずにグループとしての青騎士自体も離散消滅してしまっ…

集英社『現代美本の美術 第13巻 鳥海青児/岡鹿之助』(1977)で岡鹿之助の作品44点を見る

金井美恵子がフランシス・ポンジュの詩「動物相と植物相(ファウナとフローラ)」を引用しながら岡鹿之助を語ったエッセイ「思索としての三色スミレ(パンセとしてのパンセ)」を『切り抜き美術館 スクラップ・ギャラリー』に出会ってしまったがために、そこ…

金井美恵子『切りぬき美術館 スクラップ・ギャラリー』(平凡社 2005)

映画、とりわけオーギュス・トルノワールを父に持つジャン・ルノワールに寄り添ってもらいながら、図像にも高揚する個人的な日々を、文章で迎え撃ちつつ、外の世界にも波及させようとしているかのような、勇ましさも感じさせる美術エッセイ集。 戦闘的で毒の…

宮下規久朗編『西洋絵画の巨匠⑪ カラヴァッジョ』(小学館 2006)と宮下規久朗『闇の美術史 カラヴァッジョの水脈』(岩波書店 2016)

カラヴァッジョを最初に凄いなと思ったのは、静物画「果物籠」を中学生くらいのときに画集で見たときだったと思う。テーブルの上に置かれた籠は手に取れそうだし、籠の中のブドウは指でつまんですぐに食べられそうなみずみずしさだ。すこし虫に喰われたとこ…

エルヴィン・パノフスキー『<象徴形式>としての遠近法』(原書 1924/25, 哲学書房 1993, ちくま学芸文庫 2009)

哲学者の木田元に、専門分野ではないにもかかわらず自ら翻訳しようとまで思わせた魅力的な研究書。美術史家パノフスキーが近代遠近法の成立過程と意味合いを凝縮された文章で解き明かす。日本語訳本文70ページ弱に対して、原注はその二倍を超えてくる分量…

宮下規久朗『<オールカラー版> 美術の誘惑』(光文社新書 2015)悲しみを背負いながらの瞳の愉楽と鎮魂

宮下規久朗の著作を読むに関しては、不純な動機が働いている。予期せぬ時期に、突然準備なしに愛する娘さんを失って、中年にいたるまで本人を突き動かして来たであろう人生や仕事に対する価値観が、一変に崩れてしまった一表現者の仕事。現代の日本美術界に…

『原色明治百年美術館』(朝日新聞社 1967)西洋絵画以外の伝統を持つ国の美術界の歴史 混ざると変わる

市場にはほとんど出回っていない書籍。興味があったら図書館で借りて観て、という一冊。 明治期の日本画と洋画の激動と受容を、傍観者的立場でも微かに通覧し、追体験することができる資料的価値の高い書籍。 日本画と洋画があることで生じた苦悩と豊饒。混…

高畑勲『一枚の絵から 海外編』(岩波書店 2009) 先行作品との出会いがつくり出すあらたな制作欲に出会う時間

日本編と同時発刊の海外編。一冊での刊行であれば編集も変わってきたであろうが、日本で500ページ超の書籍を刊行するのは相当難しいことなのだろう。収録エッセイはスタジオジブリの月刊誌『熱風』におけるおもに絵画作品に関する連載がベースになってお…

藤田治彦『もっと知りたい ウィリアム・モリスとアーツ&クラフツ』(東京美術 2009) ブルジョア出身で贅沢品作成に才能のある芸術家が取り組んだ社会主義への夢

ウィリアム・モリスは世界を美しくしようとした。美しさへの才能が開花したのは著述の世界と、刺繍や染色、カーペット、カーテン、壁紙、タペストリーなどのテキスタイル芸術。 目指すのは争いも苦痛も失敗も失望も挫折もない、人々の趣味道楽だけでうまく回…

マックス・エルンスト『百頭女』(原書 1929, 巖谷國士訳 1974, 河出文庫 1996)切り貼りから生まれる切断と融合、新世界創造の痛みを伴ったエネルギー

マックス・エルンストのコラージュ・ロマン第一弾『百頭女』。複数の重力場、複数の光源、複数のドレスコード、複数の遠近法、複数の世界が圧縮混在する147葉のコラージュ作品とシュルレアリスム的キャプションから成る出口なしの幻想譚。二作目の『カル…