読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

野口米次郎

野口米次郎「女神と男神」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

女神と男神 女神は河の羊毛をながながと紡(つむ)ぎ給ふ、聖き紡女の声は銀だ。ああ、紡夫の黄金の沈黙よ!男神は時の車を廻はして、昼の白と夜の黒とを永遠へと紡ぎ給ふ。 (From the Eastern Sea 1903『東海より』より) 野口米次郎1875 - 1947 野口米次…

野口米次郎「常夏の国」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

常夏の国 ここは黄色の午後の国、だるい影のやうな甘い国、赤唇の平和がその顔に溢れ、平和は太陽の光と愛に栄える。ああ諧音と香気はやはらかに墓場に眠る人々へ降り、再び彼等を生命に蘇生させる………ああ夢と耳語の国、幸福と花の国、悲哀と暗黒は亡び、亡…

野口米次郎「北斎の富士」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

北斎の富士 その神聖な息吹(いぶき)に触れ、私共は神の姿に帰る。その沈黙は即ち歌、その歌は即ち天国の歌だ。今熱病や憂苦の陸土はすずしい眼の平和の家と変る、ただ死ぬべく生まれる人間の陸土から、私共は遥か離れた平和の国に入る。ああ、私共は富士の…

野口米次郎「山上」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

山上 われ山上に立ち、深い霧に自らを失ふ時、われその柱となつて、宇宙に作られたりと思ふ………天地創造の始め、深さ否深さのない深さの上に立つ神は、則(すなは)ちわれらにあらざるか。 (From the Eastern Sea 1903『東海より』より) 野口米次郎1875 - 1…

野口米次郎「春」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

春 春、翼の春、笑ふ蝶々、彼方に煌(きらめ)く、瞬間の天女。芳(かぐは)しい愛人の小さい影、乙女の春、今消えゆく、魅力を尽くして、影、黄金の影。春、横着な可愛いい春、気位高い男たらし、笑ふに生れた、生きるのでない、春、飛びゆく春、麗しい駈落…

野口米次郎「月夜」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

月夜 明月や池をめぐりて夜もすがら 芭蕉 悲しき月は山を、われは静かに山を離れ、漸くにして、われ、悲哀の思ひを、声なき風にふり落とせり。月の歩みは美しけれど冷たし、われも銀の平和を踏み、人間の路より遠ざかる。神秘の光、露を帯び、恰(あたか)も…

野口米次郎「われ山上に立つ」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

われ山上に立つ かくてわれ山上に立ち、生命と沈黙の勇者………勝ち誇り、空に眼をむけ、突立ちあがり、没せんとする太陽を見て微笑み、麗しく悲しき告別を歌ふ。夕は神秘にてわれらをとり巻き、その香気は伝統の如くかんばし、ああ、われにしのび寄る諸々の思…

野口米次郎「詩人」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

詩人 深淵と暗黒をつん裂いて、輝き出づる神秘、一つの姿、完全なる物、恰(あたか)も太陽の上るが如し。ああ、その呼吸は香しく、その両眼は星の道を照らし、その顔に微風あり、彼は空にかかる幻想(まぼろし)の如く歩み、永劫の熱情を放散しゆく。彼は朝…

野口米次郎「林間夜の夢想」(The Voice of the Valley 1892『渓谷の声』より)

林間夜の夢想 おお休息よ、お前の胸は天国の夢船を碇泊させる。私の追放された魂を迎へて呉れ。森よお前は、無宿の懲役人にさへも平和と自由の富を分ける。私をお前の腕に眠らせよ、私はそこが人間の力で守護される王国の鉄城よりも遙に安全な場所であること…

新見隆監修『20世紀の総合芸術家  イサム・ノグチ 彫刻から身体・庭へ』(2017)

興味の発端は野口米次郎の息子という情報。でも、このブックレット一冊を眺めてみただけでも芸術家イサム・ノグチのほうが存在としては大きいということが感じられる。シュルレアリスム的な活動をしていた時の彫刻や舞台作品はどことなくジャコメッティを想…

野口米次郎「蟋蟀」(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

蟋蟀 小川の辺で蟋蟀が鳴き始めると私の詩歌は始まる、 私の詩歌の第二章は静止の曲だ……… さてまた、第三章は何であらうか。 ああ、神様は宇宙一杯の掌を私の原稿紙の上に載せ給ふ。 主よ、この憐れな僕(しもべ)の為めその掌をのけ給へ。 私の願は無駄だつ…

野口米次郎「蝸牛」(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

蝸牛 『ああ、友よ、なぜ君は今宵帰つて来ては呉れないの?』 私はこの小屋、いな、この寂しい世界で只管(ひたすら)に寂しい。 見ると戸口に、這つてゐる蝸牛は角をかくした……… 蝸牛よ、お前の角を出して呉れ! 東へ出せ、西へ出せ! 嗚呼真理はどこにある…

野口米次郎「独り谷間に於いて」(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

独り谷間に於いて 雪片のやうな冷気がかつとおとして降りそそぐ、沈黙を割く夜の青白い風に脅(おびやか)かされて、冷気は眠つた木の間を彷徨(さまよ)つて私が谷間に敷いた寝床に迫つて来る。「お寝(やす)みなさい、遠く遠く離れた身内の人々よ!」…………

野口米次郎「雨の夜」(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

雨の夜 雨は屋根を叩く、私はその響きでびしょぬれになるやうに感ずる………私は沈黙の諧音を失ひ温かい黙想を失つた。私は真夜中寂しい寝床に横たはる。雨は私の部屋の暗闇を乱し飛散させるやうに私は感ずる。 ああ、雨は屋根に釘を打つ。いな夜の暗闇に釘を打…

野口米次郎「影」(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

影 私は影を喜ぶ、輝く善美のやうに自然で、真実の奴隷のやうに従順で、寂寞の表象とも云へる、又思想の姿だとも云へる。 私の霊は自分の影の上に横はつて、「運命」が私に立てと命ずるのを待つている。私は自分の体の柱によりかかる一時の訪問者に過ぎない…

野口米次郎「敬意」(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

敬意 私は口を閉ぢる。時間に私を支配する権利がない。私は世界の凡てから離れる。 私は私の魂の前に跪まづく貧しい修行者だ………知識を忘れ言葉を忘れ思想を忘れ生活を忘れる空虚の僧侶だ。 私は私の魂の目の窓を閉ぢる、耳の戸口に塀を築く、世界の香気は私…

野口米次郎「群青色の空」(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

群青色の空 空は群青色の天井ででもあらうか、どこかに立つている無形の春といふ煙突から吐きだす靄(もや)が、空の天井の穴から入つて来て、私共の広い世界といふ部屋を一杯にする。無邪気といふ形容詞も変だが、この靄には小児の呼吸みたやうなものがある…

野口米次郎「破れた笛」(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

破れた笛 底の有るやうな無いやうな陽炎の海は平野に波うつ、一点彩色つけるのは寂しい孤児の草雲雀(くさひばり)が旅する影。 真昼時太陽は開けるだけ大きく眼を開き、地上に影がない。狂気な一寸ばかりの蝶、位を蹴落とされた天人かも知れないが、あたり…

野口米次郎「「最早なし」の沙漠」(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

「最早なし」の沙漠 無が「最早なしの宇宙」を包むまで、私の魂は暗黒と沈黙、いな神様と住んでゐる。 ああ、大いなるかな無よ! ああ、力強いかな「最早なしの沙漠」よ、そこで数かぎりなき存在が永劫の死に眠り、神様も私の魂も死する所。闇黒も沈黙も死す…

野口米次郎「芭蕉」(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

芭蕉 風は陽炎の野から吹いて来る。雲の殿堂から吹いて来る、霧で包まれる廊下から吹いて来る、霧で包まれる廊下から吹いて来る。幻の夢の谷から吹いて来る、天と海が溶け合ふ処から吹いて来る。風は悲しみの詩を追ひ廻し、涙の世界へ灰色の歌をうたふ狂人だ…

野口米次郎「寂寞の海」(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

寂寞の海 樹木の影に虚空の色がある、その下を私の「自己」が倦怠の雲のやうに、「どこか」へふはりふはりと動いて往く。 ああ、寂寞の海だ! 私はこの深さ、否な深さのない深さの顔、否な顔のない大きな顔の上を浮かんでゐるやうに覚える。 永久に海岸のな…

野口米次郎の詩

筑摩書房の現代日本文學大系41で野口米次郎の詩を読んだ。目的は鈴木春信の「雪中相合傘」を主題とした詩だったが、残念ながら収録されてはいなかった。また代表的な作品『二重国籍者の詩』も収録されておらず、ネット検索しても詩集がほとんど出回っていな…