読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

宮下志朗『モンテーニュ 人生を旅するための7章』(岩波新書 2019) 執筆期間20年、総ページ数2400超の『エセー』をゆるくつまんでみませんかという訳者からのお誘い

宮下志朗は『エセー』のあたらい翻訳者。みすず書房の抄訳、白水社の全訳を経ての、岩波新書での導入ガイド。しっかりした分量の引用が多く、解説もしっかりしているので、いいとこどりの名所ツアーに参加しているような気分になる。宮下志朗も親しみやすい…

小川剛生訳注『正徹物語 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫 2011) 正徹は室町時代の塚本邦雄かも

室町中期の禅僧で歌人の正徹の歌論書。本人多作で難解な歌が多く異端視されることもあるらしいが、古今の歌に通暁し、なかでも定家を愛し、歌論にも優れているという存在。途中から室町時代の塚本邦雄みたいなものかと思いつつ読んだ。辛口なところも似てい…

【お風呂でロールズ】01.『政治哲学史講義』序論―政治哲学についての見解 リベラリズムの展開を支えた制御と制限

歴史上の階級間闘争のなかで政治的妥当を精査する層が変化していったということを、まずは序論で確認しておく。 リベラリズムの三つの主要な歴史的源泉は次に挙げるものです。第一に宗教改革、および一六世紀、一七世紀の宗教戦争。この戦争はまず、寛容と良…

【お風呂でロールズ】00.読書資料 2020年刊行の岩波現代文庫のジョン・ロールズ本、三冊

自由と平等を守り保つのがおそらく正義。しかしながら、自由と平等は相性があまりよくない。平等も、何時の誰の立場のどの部分どの範囲における平等かということで、定義も評価も変わってくる。徴税と再分配を司る国家行政運営部門にも取り分があり、そこが…

『原色明治百年美術館』(朝日新聞社 1967)西洋絵画以外の伝統を持つ国の美術界の歴史 混ざると変わる

市場にはほとんど出回っていない書籍。興味があったら図書館で借りて観て、という一冊。 明治期の日本画と洋画の激動と受容を、傍観者的立場でも微かに通覧し、追体験することができる資料的価値の高い書籍。 日本画と洋画があることで生じた苦悩と豊饒。混…

森村泰昌『「美しい」ってなんだろう 美術のすすめ』(理論社 よりみちパン!セ 2007)美術家という変わった職業の内幕を覗く

かつて理論社の「よりみちパン!セ」ホームページで連載されていたものの書籍化。中高生を中心に美術の見方をレクチャーする一冊。「西洋美術史になった私」「日本美術史になった私」「女優になった私」など過去の絵画作品や人物に扮したにセルフポートレイ…

茨木のり子+長谷川宏『思索の淵にて 詩と哲学のデュオ』(近代出版 2006, 河出文庫 2016)哲学成分が少ないデュオだけど長谷川宏が楽しんでいる様子がうかがえるいい本

ヘーゲルの新しい翻訳者として高い評価を得ている長谷川宏。全共闘活動に参加した後、大学に所属せず塾を営み生計を立てることを選択した経験が、茨木のり子の詩にあわせて語られている。編集者の桑原芳子も注文していたように「もっと哲学的に思索してくだ…

ショーン・ジェリッシュ『スマートマシンはこうして思考する』(原書 2018, 依田光江訳 みすず書房 2020)AI時代に発想を柔らかくするための一冊

著者ショーン・ジェリッシュは元Google機械学習&データサイエンスチームのエンジニアリング・マネージャ。技術的なことをいくらでも語れるだろうに、本書では歴史的な各プロジェクトを支えた技術についてではなく、暗礁に乗り上げた際にブレイクスルーを齎…

ヘーゲル『哲学入門』(ニュールンベルクのギムナージウムでの哲学講義 1809-1811, 武市健人訳 岩波文庫版第1刷 1952) 旧字で避けられてしまうのはもったいない優れた訳業

哲学界の大物ヘーゲルの著作にしては珍しくコンパクトにまとまっているこの著作の中身確認で、好奇心から1952年第1刷発行の岩波文庫ヘーゲル『哲学入門』の不特定ページを開いてみると、旧字の物々しさに「やっぱりダメかも」とたじろいでしまう人も多…

トニー・ジャット『荒廃する世界のなかで これからの「社会民主主義」を語ろう』(原書 2010, 森本醇訳 みすず書房 2010)語り方を変えてみましょうという誘い

コロナ禍でますます荒廃に拍車がかかりそうな世界のなかで、行動抑制下余裕ができた時間を使って、イギリスの歴史家の最後のメッセージを拝読。筋委縮性側索硬化症(ALS)が進行するなか、口述筆記で書かれたとは思えないほどの眼を見張る先行文献からの引用…

清沢満之(1863-1903)の原稿原文と今村仁司の現代語訳比較サンプル

明治期の清沢満之の文章は今現在でも読めないということはない。特殊用語の注釈が入ってくれていれば特に問題なく読めることは読める。書き手の息遣いのようなものも原文のほうが色濃く感じることもできる。ただ、現代語訳にしてもらえるなら意味内容はとら…

文庫で読む清沢満之(きよざわまんし 1863-1903) 読書資料

清沢満之は真宗大谷派の僧侶。法然、親鸞、蓮如に連なる他力の信仰者。東京大学でフェノロサからヘーゲルやスペンサーを学んだことで、自身の仏教哲学に西洋哲学を取り込んでいる。有限と無限の考察、遍満する仏を説く汎神論、世界理解に対する数学的アプロ…

エルンスト・ブロッホ『異化』(原書 異化Ⅰ ヤヌスの諸像 1962, 異化Ⅱ ゲオグラフィカ 1964, 白水社 1986)はっきりしないものに輪郭を与え、キツイものを揉みほぐす言葉の力

度重なる亡命と異国の地での生活のなかで希望と現在を語りつづけた異能の思索者、エルンスト・ブロッホ(1885 - 1977)。ナチス活動期ドイツでのユダヤ人という、これ以上ない苦難苦境の中にありながら、軽さを決して失うことのない文章の数々は、書かれた内…

川村二郎、小笠原豊樹 編『世界詩人全集 22 現代詩集Ⅲ ドイツ・ソヴェト』(新潮社 1969)20世紀前半の動乱の中で詠ったギリギリの詩

20世紀のドイツとソヴィエトの詩人のアンソロジー。ドイツは第一次世界大戦とナチスに、ソヴィエトはロシア革命によって人生を翻弄された時代の詩人たちとなる。ドイツの詩が観念的で精神世界が描出されるような傾向があるのに対し、ソヴィエトの詩は大地や…

岩波日本古典文学大系89『五山文學集 江戸漢詩集』(岩波書店 1966 山岸徳平校注)から江戸の漢詩を読む

藤原惺窩から良寛まで江戸の漢詩人77名を集めている。鎌倉室町期の五山文学に比べて使用される語彙が多くなっていることもあり詩興のバリエーションは増えている感じはするが、閑寂を理想美としていることもあってか、生活に関わるような事物が出てくるこ…

希望の思想家、エルンスト・ブロッホ「希望は失望させられることがあるか」(テュービンゲン大学開講講義,1961 『異化Ⅰヤヌスの諸像』収録 原書1962, 白水社 1986)

エルンスト・ブロッホは異化の思想家であるとともに希望の思想家でもあった。それぞれの思想を語る際に共通しているのは、世界が変容する現在の現われに対して明晰な視線を投げかけているところ。 希望は、自由の王国と呼ばれる目的内容に従いつつ、投げやり…

旧約聖書の世界のはじまり

ビッグバンモデルとの親和性という言説もちらほら見かけているために、創世記では「光あれ」という言葉が最初にあるというようにイメージの書き換えが私の中で起こっていたのだが、実際に読み返してみると、光の前に天も地も水もあって、他の世界創造神話と…

アルノルト・シェーンベルクのオペラ『モーゼとアロン』(1930-32)ピエール・ブーレーズの新版(1995)を聴きながら和訳台本(長木誠司訳)を読む

旧約聖書の出エジプト記に取材したシェーンベルクの未完のオペラ。台本だけ完成して楽曲のほうは情勢不安のためドイツからアメリカへの亡命したのちに完成することなく終わってしまう。 普段オペラはほとんど聴くことはないのだが美学者の中井正一が『モーゼ…

岩波日本古典文学大系89『五山文學集 江戸漢詩集』(岩波書店 1966 山岸徳平校注)から五山文学の漢詩を読む

五山文学は鎌倉室町期の臨済宗の僧侶たちの手による漢詩の作品。読み下し文をたよりに単に読み通すだけだと、パターン化された憂愁を詠った作品が多くて、悟った僧たちのくせに何をやってるのだろうと感じたりもするのだが、作品を書いた意図としては無聊の…

大西克禮『美學』上下巻(弘文堂 1959-60 オンデマンド版 2014)フモール(有情滑稽)のある美学

通読完了直後の印象をまず書き留めておくと、崇高と美とフモール(「ユーモア、有情滑稽」)の基本的カテゴリーから語られる大西克禮の美学体系は守備範囲が広く今なお有効である。特にフモール論はデュシャン以降の現代美術やコンセプチュアルアートなどに…

佐々木健一『美学への招待 増補版』(中公新書 2004, 2019) デュシャンのレディーメイド以降の美の世界をちゃんとうろつきたい市民層のためのガイド

お金は持っていないので購入という究極の評価の場には参加できないし、技術もコンセプトもないため供給側に立つこともできないけれども、なんとなく美術は好きという人のために書かれた美についての現代的な理論書。 センスなんてものは自分に一番しっくりし…

高畑勲『一枚の絵から 海外編』(岩波書店 2009) 先行作品との出会いがつくり出すあらたな制作欲に出会う時間

日本編と同時発刊の海外編。一冊での刊行であれば編集も変わってきたであろうが、日本で500ページ超の書籍を刊行するのは相当難しいことなのだろう。収録エッセイはスタジオジブリの月刊誌『熱風』におけるおもに絵画作品に関する連載がベースになってお…

高畑勲『一枚の絵から 日本編』(岩波書店 2009)日本のアニメの巨匠の眼を借りて観る日本の絵画と工芸品

高畑勲は言わずと知れた日本のアニメータ。私は彼の手掛けたテレビアニメを再放送で見た世代。『アルプスの少女ハイジ』『フランダースの犬』『母をたずねて三千里』など。個人的にいちばん高畑勲っぽいなと感じるのは『じゃりン子チエ』か。映画だと『ホー…

辻惟雄『日本美術の歴史』(東京大学出版局 2005)瑞々しい図版と読ませる文章でおくる辻版日本美術史

書店(BOOKOFFだけど)で手に取って棚に戻さなかったのは、図版のたたずまいがキリっとしていてチョイスもどことなく変わっていたため。表紙も横尾忠則デザインで只者ではなさそうな雰囲気はあったが、橋本治の『ひらがな日本美術史』にも通じるところのある…

【中井正一を読む】07. 読書資料 全集収録データ(全集掲載順、発表年代順、CSV)

|【全集収録データ(全集掲載順)】|【全集収録データ(発表年代順)】|【全集収録データ(CSVデータ)】 【全集収録データ(掲載順)】 題名 掲載誌 発表年月 全集 全集掲載順 その他 模写論の美学的関連 『美・批評』 1934.05 全1 1 Subjektの問題 『思想…

【中井正一を読む】06. 久野収編『中井正一全集4 文化と集団の論理』(美術出版社 1981)否定を媒介としての超脱、身心脱落ののちにあらわれる美しい安心の世界

雑誌の巻頭言や新聞のコラムを多く集めた全集第4巻は、岩波文庫の『中井正一評論集』を編集した詩人の長田弘の作品といわれても疑わずに受け入れてしまえるような詩的な文章が多く収められている。 真実は誤りの中にのみ輝きずるもので、頭の中に夢のごとく…

ジャン・ピエ-ル・シャンジュー、ポ-ル・リク-ル『脳と心』(原著『自然・本性と規則―われわれをして思考させるもの』1998 訳書 2008 みすず書房)脳科学と観測テクノロジーの進歩と哲学

心身問題をめぐる哲学者と神経生物学者の連続対談。『ニューロン人間』の著者ジャン・ピエ-ル・シャンジューが脳科学の知見をベースに意識現象とニューロンの関連を語るのに対して、フッサール『イデーン』のフランス語訳者で『生きた隠喩』『時間と物語』…

ジグムント・バウマン『グローバリゼーション 人間への影響』(原書 1998, 訳書 2010 法政大学出版局)時間/空間が圧縮された時代における時間/空間の消費の格差

原書が出たのが1998年、OSといえばWindows95,98でアナログ回線のダイヤルアップ接続が標準だった頃。訳書が出たのが2010年、OSといえばWindows XP、Vistaで光回線、無線LANが広がっていった時代、まだWifi使えるのが普通ではなかった時代。現在2021年、Wifi…

【中井正一を読む】05. 久野収編『中井正一全集3 現代芸術の空間』(美術出版社 1981)酷さをつくりだしたのは人間、素晴らしさをつくりだせたのも人間

何ものかがあると自覚し驚いた人間という器に注がれ溢れるものの運動と、それを共振しながら受けとめている人間の時間と空間の有りように、あらためて眼を向けさせてくれる中井正一の美をめぐっての思想。 宇宙の中に、宇宙をうつす新しい宇宙を、人類だけが…

【中井正一を読む】04. 久野収編『中井正一全集2 転換期の美学的課題』(美術出版社 1981)否定の契機からの離脱展開

中井正一の論文によく引用されているのはカント、フィヒテ、ハイデガー、カッシーラー、コーエン、ルカーチといったところだが、実際の論理の組み立てに一番影響を与えているのはヘーゲルの弁証法だろう。否定を媒介としてより高い境位にいたるという運動が…