読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

2020-02-01から1ヶ月間の記事一覧

野口米次郎「風」(『夏雲』1906 より)

風 私は風が秋草の陰で溜息するのを聞く、私は風が干潮の間に死を溜息するのを聞く………秋草の陰で死んだ風は永遠に眠る。潮は退(ひ)く………私の疲れた空想も退きゆく。 私は私の影を秋草の陰と干潮の間に見るであらう、溜息し溜息する私の一つの影を見るであ…

シャンタル・ムフ『左派ポピュリズムのために』(原書2018, 訳書2019)

エルネスト・ラクラウとの共著『民主主義の革命』もそうだったが、現実政治への提言の書として受け止めるよりも、パワーバランスに関する理論書として読んだ方が面白い。 フロイトが示しているのは、人格が自我の透明性を中心に組織されているのではなく、行…

菊池庸介「歌麿『画本虫撰』『百千鳥狂歌合』『潮干のつと』」(2018)

歌麿の狂歌絵本三部作を選書で気軽に鑑賞できる一冊。鮮やかな図版がうれしい。残念なのは、選書ということもあって見開き180度全開にして見れないところ。まあ、やろうと思えば見れるのだろうけれど本が傷んでしまいそうでこわい。 bookclub.kodansha.co…

吉田漱『浮世絵八華3 歌麿』(1984)

図版57点に狂歌絵本三部作『潮干のつと』『百千鳥』『画本虫撰』が完本収録されている。贅沢。歌麿の狂歌絵本は伊藤若冲の画業を知ったときのような高揚感をまた味あわせてくれた。江戸絵画の世界は深い。時間をかけて探索するに値する世界が、また目の前…

片山杜秀・佐藤優『平成史』(2018)

片山杜秀が佐藤優と四つに組んで戦わせた対談の記録。今後を生き抜くための処方箋を見出すための平成30年間の読み解き。結論部分で処方箋として出てきたのは教育の立て直しということで、おもに未来を担う人々に向けての環境整備をしていかなくてはならな…

『歌麿』 (とんぼの本, 1991)

摺りの技術がよく紹介されているような印象を持った。 (雲母摺は)宝暦十二年(1762)、勝間龍水が、部分的にではあるが『海の幸』に用いたのが最初。その後二十数年を経た寛政元年(1789)、歌麿が初めて雲母摺を大首絵の地塗りに登用した。以来、この技術…

カレル・チャペック『カレル・チャペックのごあいさつ』(2004)

日本で編まれたチャペックのエッセイ・コラム集。軽妙でありながら、ゆったり構えていて奥深い味わいのある小品が読める。全28篇。 人生最大の苦痛であるメランコリーは小さな原因に由来する痛みです。英雄的行為を許さないがゆえに最も重症なのです。英雄…

鬼束ちひろ「月光」(2000)

2月1日のNHK総合のSONGSは凄かった。久々に地上波で見た鬼束ちひろが歌いはじめた瞬間、異界に引きずり込まれたような衝撃が走った。 I am GOD'S CHILDこの腐敗した世界に堕とされた ってイエスかよ。20年前リアルタイムで聴いていた時とはまた違った重量感…

野口米次郎「薄明」(『夏雲』1906 より)

薄明 私は薄明の行方を見届けんとその後を追ふ………薄明は日中の光明のなかへ消える。私は再び薄明の行方を見届けんとその後を追ふ………薄明は夜の暗黒のなかへ消えうせる、おお薄明よ、私に語れ光明と暗黒とは同じものであるか。 私は歓喜から泣いたそれは昨日…

カール・ヤスパース『ニコラウス・クザーヌス』(原書1964, 訳書1970)

ヤスパースは思弁哲学者としてのニコラウス・クザーヌスを称揚し、キリスト者や教会運営者としてのニコラウス・クザーヌスを批判する。キリストへの信仰の有無で救いが分かたれるという発想が押し出されて来ると、やはり非キリスト者としては賛同しかねるの…

野口米次郎「静かな河を越え」(『夏雲』1906 より)

静かな河を越え 静かな河を越え静かな小山の彼方に私の母は影を抱いて住んでゐる。なぜあんなに小山と河は静かであらうか、私は母に遇ひたい………ただ風が私を呼ぶのを待つてゐる。 誰が私の母が寂しい影を抱いてゐる姿を見たであらうか、誰が彼女の香ばしい呼…

新潮日本古典集成『萬葉集 五』

巻十七~巻二十(歌番号 3890~4516)青木生子、井出至、伊藤博、清水克彦、橋本四郎 校注 左大臣橘卿謔れて云はく、「歌を賦(ふ)するに堪(あ)えずは、麝(じゃ)をもちてこれを贖へ」歌はうたえるに越したことはない。 3926 大宮の 内(うち)も外(と…

野口米次郎「想像の海」(『夏雲』1906 より)

想像の海 私は自然と甘い倦怠のうちに一になる。私の魂は徐(おもむろ)に眠へと消えてゆく。ああ、これは地上か或は天国か。夏の香気は自然を甘くし眠らせる、樹木と鳥は微風に耳語する。 私はいふ、『私は盲目(めくら)で聾(つんぼ)で啞(おし)であり…

新潮日本古典集成『萬葉集 四』

巻十三~巻十六(歌番号 3221~3889)青木生子、井出至、伊藤博、清水克彦、橋本四郎 校注 3852ではじめて旋頭歌がすっと読めた感じがした。和歌のリズムと違うとなかなかすっと情感が入ってこないものだと思った。 3228 神なびの みもろの山に 斎(いは)ふ…

太田記念美術館監修、日野原健司解説『ようこそ浮世絵の世界へ An Introduction to Ukiyo-e, in English and Japanese』(2015)

図版の数は比較的少ない感じがするが、少ないなかで絵師の魅力を最大限に伝えている。選択の妙が味わえる。特に喜多川歌麿の繊細な線の良さが感じられる一冊となっているように思えた。「富本豊ひな」「歌撰恋之部 物思恋」「逢身八景 お半長右衛門の楽顔」…

野口米次郎「悲哀の詩」(『夏雲』1906 より)

悲哀の詩 『悲哀の詩が私の最初でしかも最後のものだ』と私は詩を作る時いつもいふ。夕日は悲しみの矢を投げて私の魂を傷ける。 失望と暗黒が急に世界を満たさうとする。私は悲しい思想を忘れようとして泣。恰も暴(あ)らあらしい海上を凝視する男のやうに…

新潮日本古典集成『萬葉集 三』

巻十~巻十二(歌番号 1812~3220)青木生子、井出至、伊藤博、清水克彦、橋本四郎 校注 水の上にかく数字はなんだろうかと考えてみる。漢数字の一が一番妥当なんだろうか。水がある惑星の古い歌の数々が美しい。 1861 能登川(のとがは)の 水底(みなそこ…

野口米次郎「一言」(『夏雲』1906 より)

一言 沈黙の歌をうたふ広漠の歌ひ手よ、星よ、君に捧げる言葉あり、 曰く、『人間は冷かだ、朝になると君の聖(きよ)き姿を忘れて仕舞ふ、君失望する勿れ失望する勿れ。』 (『夏雲』1906 より) 野口米次郎1875 - 1947 野口米次郎の詩 再興活動 No.023

野口米次郎「林檎一つ落つ」(『夏雲』1906 より)

林檎一つ落つ 『今は高潮の時だ、何か起るであらう』と私は耳語する………あらゆる声は十分に漲(みなぎ)りきつた正午の胸のなかへ消え、太陽は懶(ものう)く、大地は黄金の空気で包まれ、蝶蝶は飛び去つた。樹木は自分の影をその袖のなかへ畳み込んで仕舞つ…

ニコラウス・クザーヌス「信仰の平和」(1453) 八巻和彦訳

諸国民の知者達と御言葉との対話。参加者はギリシア人、イタリア人、アラブ人、インド人、カルデア人、ユダヤ人、スキタイ人、ガリア人、ペトロ、ペルシア人、シリア人、スペイン人、トルコ人、ドイツ人、パウロ、タタール人、アルメニア人、ボヘミア人、イ…

新潮日本古典集成『萬葉集 二』

巻五~巻九(歌番号 0793~1811)青木生子、井出至、伊藤博、清水克彦、橋本四郎 校注 令和の由来「初春の令月にして、気淑く風和ぐ」は、巻五、梅花の歌三十二首の序にある。後から調べ直して改めて気づく程度。この一冊では、日本は海に囲まれて海と生きて…

野口米次郎「女神と男神」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

女神と男神 女神は河の羊毛をながながと紡(つむ)ぎ給ふ、聖き紡女の声は銀だ。ああ、紡夫の黄金の沈黙よ!男神は時の車を廻はして、昼の白と夜の黒とを永遠へと紡ぎ給ふ。 (From the Eastern Sea 1903『東海より』より) 野口米次郎1875 - 1947 野口米次…

ニコラウス・クザーヌス「知恵に関する無学者の対話」(1450) 小山宙丸訳

一文が比較的短く読みやすい対話篇。 単純なものは合成されたものよりも本性上より先なるものであるのと同様に、合成されたものは本性上より後なるものです。それゆえ、合成されたものは単純なものを計ることはできません。むしろその反対です。(第6節より …

野口米次郎「常夏の国」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

常夏の国 ここは黄色の午後の国、だるい影のやうな甘い国、赤唇の平和がその顔に溢れ、平和は太陽の光と愛に栄える。ああ諧音と香気はやはらかに墓場に眠る人々へ降り、再び彼等を生命に蘇生させる………ああ夢と耳語の国、幸福と花の国、悲哀と暗黒は亡び、亡…

新潮日本古典集成『萬葉集 一』

巻一~巻四(歌番号 0001~0792)青木生子、井出至、伊藤博、清水克彦、橋本四郎 校注 字が大きくて空白が多いつくりになっているので何となく読みやすい。全4516首、読み通せるかもしれないという気分にさせてくれるシリーズ。 0004 たまきはる 宇智(うち…

野口米次郎「北斎の富士」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

北斎の富士 その神聖な息吹(いぶき)に触れ、私共は神の姿に帰る。その沈黙は即ち歌、その歌は即ち天国の歌だ。今熱病や憂苦の陸土はすずしい眼の平和の家と変る、ただ死ぬべく生まれる人間の陸土から、私共は遥か離れた平和の国に入る。ああ、私共は富士の…

ニコラウス・クザーヌス「創造についての対話」(1447) 酒井紀幸訳

生成する宇宙のイメージをえられる著作。 神に由来する類似化の様式は、それが特殊であるときに、まさにそれゆえに理に適っていると。なぜなら次のように言われるからである。すなわち、同一者が同一化するがゆえに、特定の状態によって隠蔽されうる様式は、…