読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

2020-02-01から1ヶ月間の記事一覧

野口米次郎「沈黙の揺籃」(『夏雲』1906 より)

沈黙の揺籃 沈黙の揺籃から私の愛する詩人の歌が聞える、平和と記憶の無言の歌、年を知らない影の歌、永劫の霧の歌が聞える。私の愛する詩人の新しい無言の音律、春の夕の甘やかな無終の歌、睡眠の国を照らす月のやうな愛と涙の歌を私は聞く。 沈黙の揺籃か…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 下』その2

狂い踊るのはこころの辛さに辛うじて対峙するため。能には、男亡霊ばかりで男物狂いが少ないところは、男のほうが現世での救いが少ないことのあらわれかもしれない、と、現代の読み手として勝手な思いを抱く。 【花筐】継体天皇の越前隠棲時代に愛した照日の…

アンドレ・ルロワ=グーラン『世界の根源 先史絵画・神話・記号』(1982)

アンドレ・ルロワ=グーランは先史学者・社会文化人類学者。先史芸術の研究で有名。代表作『身ぶりと言葉』は、千夜千冊の松岡正剛が絶賛している。本書は美術史家クロード・アンリ・ロケとの全十二章からなる対話。400ページを超えてはいるものの、アンド…

渡部徹太郎『図解即戦力 ビッグデータ分析のシステムと開発がこれ1冊でしっかりわかる教科書』(2019)

現時点でのビッグデータ分析の技術動向、ツールを一通り網羅していて基本的知識を入れておくのに便利。ビックデータ分析システムの上流のミーティングに呼び出される可能性があるときに、事前に読んでおけば、「困った、何言ってるかさっぱりわからん」の状…

野口米次郎「夜」(『夏雲』1906 より)

夜 夜の睡! 夢の世界! 動揺の魂よ眠れ、汝の愛も富もさては汝の魂も体もすべてのものを神様に返して仕舞へ。ああ睡眠! 何たる夜と影の歌よ。 女性の星よ、今日は歌ひ給ふな。私は無となつて、君のやうに輝く私の恋愛を忘れたい。ああ世界よ眠れ、天国も地…

岡倉天心『泰東巧藝史』(1910)

「泰東巧藝史」は岡倉天心が明治四十三年に東京帝国大学で行った講義の講義録。岡倉天心最後の体系的な美術史の取り組みとなった。諸外国に向けて「アジアは一つ」と発した岡倉天心の視点は、国内美術を見る時にも同様に働き、アジア全体の動向から見るとい…

岡倉天心『日本美術史』(1890~1892)

「日本美術史」は岡倉天心が明治二十三年から二十五年にかけて東京美術学校で行った講義の記録。「邦人の講述せる最初の美術史」とされ、日本人による日本美術史研究がここから始まった。現在の視点からあれこれ思うよりも、端緒に立った者の風景に少し立ち…

ロナルド・ドゥオーキン『神なき宗教 「自由」と「平等」をいかに守るか』(原書2013, 訳書2014)

ドゥオーキンもルジャンドルも法学者。各信用体系とその適用についての考察は法学の範疇にあるということが理解できた。 数学の証明や法学の議論も、詩や劇と同様に、不要な詩句や前提を取り除くことによっていっそう美しいものになる。<それはまさにかくあ…

ピエール・ルジャンドル『同一性の謎 知ることと主体の闇』(原書2007、訳書2012)

佐々木中推薦のピエール・ルジャンドルの高校生向けの講演録。日本語と円を使って生をおくっている日本人は、日本語と円の信用体系の中で生きつつ維持しているというようなことを意識化してくれる。 私たちは、世界の物質性と言語との関係が、イメージへの信…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 下』その1

凝った念の力を開放して沈静化させる酵素のような働きを日本の歌舞は担っているようだ。 【難波】仁徳帝の即位を推進した王仁の霊の語りと舞の劇 しかればあまねき御心の 慈しみ深うして 八洲(ヤシマ)の外(ホカ)まで波もなく 広きおん恵み 筑波山の蔭よ…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 中』その5

妄念が主役となるがゆえに、浄化、鎮魂、魂鎮めがクライマックスとなる。思いつめてしまうのは怪しい世界に通じる道。 【定家】定家の執心がこもる定家葛に呪縛された式子内親王の霊の語りと成仏の劇 式子内親王始めは賀茂の斎の宮に備はり給ひしが ほどなく…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 中』その4

いま、春一番が吹いている。歌は出てこないので、相も変わらず本を読む。好き嫌いは別にして、日本文芸の通奏低音として天台本覚思想やアニミズムが流れていることは逃れようのないことなのだと思う。「有情非情のその声 みな歌に洩るる事なし 草木土砂(ソ…

永田生慈『もっと知りたい葛飾北斎 生涯と作品』改訂版(2019)

画狂老人卍、葛飾北斎、享年90。75歳の時に書いた、絵本「富嶽百景」初編の跋文がいかしている。 己(おのれ)六才より物の形状(かたち)を写(うつす)の癖(へき)ありて 半百の此(ころ)より数々(しばしば)画図を顕(あらわ)すといえども七十年…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 中』その3

小野小町は老いても落ちぶれたり取り乱したりする可能性は少ないと思うのだが、劇としては、若く美しい往年の姿と老いて醜い現在の姿の対比が効果的で好まれ、同趣旨の作品がいくつもつくられている。 【角田川】人商人に拐わされ死んでしまった梅若丸の霊と…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 中』その2

謡曲を読むと、中世は人の扱いが荒い時代だったのだなと感じさせてくれる。 【桜川】生き別れた母(狂女)と子の再会の劇 なかなかのこと花は今が盛りにて候 またここに面白きことの候 女物狂の候ふが 美しき掬ひ網を持ちて 桜川に流るる花を掬ひ候ふが けし…

野口米次郎「風の一片」(『夏雲』1906 より)

風の一片 若しも私が青海から吹く風の一片であるならば、私は南方の平野に咲く罌子粟(ポピー)のなかに恋愛を捜すであらう、東方の山に輝く太陽に殺された白露の涙を数へるであらう。 若し私が青海から吹く風の一片であるならば、私は沈黙と灰色、さては胸…

山内長承『Pythonによるテキストマイニング入門』(2017)

チャンスが来たらテキストマイニングツールも使って作品分析、作家分析をやってみたいという望みを持っているので、状況調査として本書を読んでみた。一番有効な記述はデータ準備の部分。ツールを適切に使うために、事前に電子テキストを整形するためのコー…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 中』その1

題材が中国のもの(「項羽」「皇帝」)は内容も言葉も動きも野太くなるのが面白い。 【清経】入水した平清経の霊とその妻の語らいの劇 さても頼み奉り候ふ清経は 過ぎにし筑紫の戦に打ち負け給ひ 都へはとても帰らぬみちしばの 雑兵の手に掛からんよりはと思…

カール・ヤスパース『佛陀と龍樹』(原書1957, 訳書1960) 理想社 ヤスパース選集5

アジアの救済宗教の言葉を、ヨーロッパの形而上学とは異なり、自分の立場とは異なると認めたうえで、《へだたり》の認識を保ちつつ、なお「力のかぎりこれを理解する」と言葉を紡ぐヤスパース。その存在は、大きい。 【佛陀】 信仰者にとって、生の倦怠は生…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 上』その3

妄念と浄化の往復運動でこころの地固めをしているかのような感覚を味わう。上巻全30曲通覧完了。 【女郎花】行き違いでそれぞれ入水して死んでしまった小野頼風夫妻の霊と旅僧との劇 頼風心に思ふやう さてはわが妻の女郎花になりけるよと なほ花色も懐かし…

永田生慈『浮世絵八華5 北斎』(1984)

図版63点に狂歌絵本『隅田川両岸一覧』と『潮来絶句集』が完本収録されている。三十代半ばで勝川派を去ったのちの壮年から老年にかけてのとどまることを知らない画業の営みはまさに圧巻。七十歳になって傾注した錦絵の「富嶽三十六景」をへて、七十五歳ご…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 上』その2

「善知鳥」のなかの「南無幽霊」という科白はなんだか衝撃的だ。南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経、南無大師遍照金剛と同列に南無幽霊とは普通言わないだろう。ちなみに「善知鳥」の作者は不明だそうだ。 【右近】桜葉の神と鹿島の神職との交歓の劇 げに今とて…

野口米次郎「一羽の鳥」(『夏雲』1906 より)

一羽の鳥 灰色の森を飛ぶ灰色な一羽の鳥を私は聞く………真実の鳥でない、幻の鳥であらう。おお寂しい鳥よ。お前は以前のやうに死と暗黒を友としてゐるか、私は悲哀の柱によりかかる一詩人だ。私は香を焚き時には祈禱する。私は沈黙の空気をゆり動かすことをど…

井上智洋『純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落』(2019)

一般読者層への啓蒙の書としてよくできている。経済学者が語る人工知能とベーシックインカムについての本。引用された著作を見ると著者の懐の広さを感じる。全488ページと大冊だが、意外と軽やか。 【著作・発言の引用リスト】 ガンディー『真の独立への…

カール・ヤスパース『スピノザ』(原書1957, 訳書1967) 理想社 ヤスパース選集23

本書の興味深い点は、ヤスパースが《神即自然》の哲学者スピノザの静謐さに物足りなさを感じているところ。冷静なね、闘い方っていうのもあるのではないんですかね、と秘かに思いつつ、実存を語るヤスパースの熱さも注ぎ入れていただけることに感謝しながら…

メルロ=ポンティの『心身の合一 マールブランシュとビランとベルクソンにおける』の敷居が高いので柄谷行人『世界史の実験』第2部1「柳田国男のコギト」の力を借りて読む

本書はフランスでの哲学の教授資格試験に備える学生を対象にした講義録。日本の一般読者層はターゲットではないので、わからなくても致し方ないのかもしれないが、分かるものなら分かってみたい。初読だと論点がどこにあるのか理解するのもあやしいほどに内…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 上』その1

ワキの意識をもって、日本の古典、謡曲を読みすすめてみる。〔名ノリ〕これは諸曲一見の者にて候。 【葵上】六条の御息所の怨霊が妄執の境涯を嘆いたのち聖の加持祈祷によって調伏の後、成仏にいたる劇怨霊が出てくる場面 われ世にありしいにしへは 雲上(ウ…

野口米次郎「小さい歌」(『夏雲』1906 より)

小さい歌 今日幸福な小さい歌が風と共に過ぎゆく。私何処へでもそれを追ふであらう。恰(あたか)も木の葉の小さい声の如く、笑ひながら歌ひながら、幸福な小さい歌は過ぎゆく。 今日幸福な小さい歌はぱつたり止んだ………白い露は星のしたで落ちる。幸福な小さ…

新潮日本古典集成 信多純一校注『近松門左衛門集』

浄瑠璃台本。江戸時代の人が人形芝居として楽しむことを前提にかかれている作品なので、令和の時代に初読で作品全体を味わえると思うほうが無理な話。まずはネット上にまとめられている作品梗概なども参照させていただきながら、あらすじを追うことと、理解…

新・世界現代詩文庫 秋吉久紀夫編訳『現代中国少数民族詩集』(2003)

少数民族詩集ということで政治色が強いのかもとページを繰ってみたら、政治的でもあるけれど、地方の風土に根差した生活感情のなかで生み出された詩歌が多かったような気がした。中国に居住する少数民族は編訳者によれば55あり、そのうち27民族、46名…