読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

2022-01-01から1年間の記事一覧

マリオ・プラーツ『官能の庭Ⅱ ピクタ・ポエシス ペトラルカからエンブレムへ』(原書 1975, ありな書房 2022)

1993年にありな書房から訳出刊行されたマリオ・プラーツの芸術論集『官能の庭』の分冊版の第二巻。 イタリア・ローマに生まれ、専門とするイギリス文学研究については20世紀の最高峰と言われるとともに、自国の美術と文芸にも深い理解を持ち合わせてい…

ロジェ・カイヨワ『石が書く』(原著 1970, 訳:菅谷暁/ブックデザイン:山田英春 創元社 2022)

図版だけ眺めているだけでも楽しめる、カイヨワの石コレクションをベースにつくりあげられた、石にひそむ記号探索の書。風景石、瑪瑙、セプタリア(亀甲石)、ジャスパー(碧玉)などの自然石にあらわれる形態が、想像力を刺激して連想類想を生む不思議を十…

ロジェ・カイヨワ『蛸 想像の世界を支配する論理をさぐる』(原著 1973, 塚崎幹夫訳 青土社 2019, 中央公論社 1975)

蛸のイメージの変遷を、古代神話からロマン派の空想世界の魔物を経て現代の合理的解釈と精神分析的解釈まで概観し、物に対して想像力が働く様相を明らかにしていく、関心領域の広いカイヨワならではの類を見ない思索の結晶。蛸に親しみを抱いて文化に取り込…

ベンヤミンの『メディア・芸術論集』とパウル・シェ―アバルト『虫けらの群霊』(原著 1900, 訳・解説:鈴木芳子/絵:スズキコージ 未知谷 2011)

ベンヤミンの『メディア・芸術論集』を読み返していたところ、シェ―アバルトを褒めている「経験と貧困」というエッセイに目が止まったので、手に取って読んでみた小説。出版社未知谷の編集者による煽り文句は、惰眠をむさぼる「善良な市民へ疾駆するプレ・ダ…

サン=ジョン・ペルス(1887-1975)『サン=ジョン・ペルス詩集』(多田智満子訳 思潮社 1967, 新装版 1975)

ロジェ・カイヨワがカントが美に与えた定義である「目的なき合目的性」の典型的例として称賛したサン=ジョン・ペルスの詩の翻訳選集。 ありとしあらゆるものの名を呼びながら それが偉大であると唱えた、生きとし生けるものの名を呼びながら それが善美であ…

ロジェ・カイヨワ『アルペイオスの流れ 旅路の果てに <改訳>』(原著 1978, 法政大学出版局 2018)

ロジェ・カイヨワが亡くなった年に刊行された、自伝的エッセイ。死を予感しながら、生い立ちから最晩年までを振り返る作品は、静かな諦念とともにとても慎み深い仕草で自身の仕事を評価再確認している。文体にあらわれる表情には、落ちつきのある弱さが浸透…

ヴィスワヴァ・シンボルスカ『瞬間』(原著 2002,沼野充義 訳・解説 未知谷 2022) 初読

初読、と言っても、今時点で三周くらいはしている。 1996年にノーベル文学賞を受賞した後の、70代以降の作品を集めた最晩年に刊行された詩集。 全23篇の詩篇に、訳者解説がそれぞれ付く。 解説は、初読で読むか、後から読むかはあらかじめ決めておい…

ロジェ・カイヨワ『夢の現象学』(原著 1956, 思潮社 1986)

原題は「夢に起因する不確実性」で、こちらのほうが内容をよりよく表しているし、カイヨワの思考の態度をよく表している。幻想的なテーマを好奇心からあつかうというよりも、夢という現象について先行テクストを参照しながらきわめて厳密に合理的に捉えよう…

冷泉為人『円山応挙論』(思文閣出版 2017)

俊成、定家からつづく和歌の家、冷泉家二十五代当主冷泉為人による円山応挙論。箱入り400頁を超える堂々たる造りに、期待感と緊張感をもって手に取ったところ、100頁弱の付録冊子がついていることに虚を突かれた。どう見ても素人の手になるとしか思え…

樋口一貴『もっと知りたい円山応挙 生涯と作品 改訂版』(東京美術 2022)

安永天明期(1772-1789)の京都画壇で若冲や池大雅を抑えて最も人気の高かった円山応挙の画業の質の高さと幅の広さを、時代背景やパトロンの存在などとともに紹介した贅沢な入門書。改訂版では巻頭特集の「七難七福図巻」を増補。応挙の才能を見出した円満院…

『ホモサピエンス詩集 ―四元康祐翻訳集現代詩篇』(澪標 2020)  たとえば、「現代マケドニアの詩人の存在を知っていますか?」と問いかけてもいる詞華集

ドイツ、ミュンヘン在住の日本語現代詩人の四元康祐が、主に西欧で開催された文学祭や詩祭や相互翻訳ワークショップで知り合った22ヶ国32人の詩人の作品を、自らの手で訳して紹介した、今現在の世界の現代詩を知ることのできる貴重なアンソロジー。 各国…

大谷哲夫『道元「永平広録・上堂」選』(講談社学術文庫 2005)

日本において上堂という修行僧向けの法話をはじめたのが道元で、『正法眼蔵』とならぶ道元の主著『永平広録』全10巻には全531回分が収められている(第1巻から第7巻まで)。本書はそのうちから代表的なもの20篇を選んで、漢語原文に読み下し文と現…

國分功一郎+千葉雅也『言語が消滅する前に 「人間らしさ」をいかに取り戻すか?』(幻冬舎新書 2021)

2017年から2021年までのあいだに40代の哲学者同士が行った5回の対談が収められた一冊。この間に、國分功一郎は『中動態の世界』を出版し、千葉雅也は『勉強の哲学』を出版し、それぞれかなり注目されていたことが思い出される。 本書の冒頭2回の…

【雑記】立冬で俳句してみた

立冬や 日 暮れかけて 迷い道 立冬の 陽 衰えて 迷い道 立冬や荒野に迷う日暮れどき 立冬や荒地と迷う五蘊あり 立冬や荒野に降り立つ青鴉 立冬や荒地に降りる痩せがらす 立冬や更地のうえを飛ぶカラス 立冬や硝子戸閉めて外暗し …

大谷崇『生まれてきたことが苦しいあなたに 最強のペシミスト・シオランの思想』(星海社新書 2019)

題名も装丁も青年層向けを意識したもので、中高年が手を出すには気恥ずかしさがある作品ではあるが、シオラン研究者が大学の紀要や哲学討論会での発表の内容をもとにして創りあげられたもので、内容的には手際よくしかも批判的視点を交えながら的確にシオラ…

道元『永平広録 真賛・自賛・偈頌』(講談社学術文庫 2014, 全訳注 大谷哲夫)

愁人愁人に向かって道うこと莫れ、無道愁人人を愁殺す 迷っている人は黙っとけというのは、たとえ正しくても、言い方によっては言論封殺の徒と思われても仕方ないところがあるけれど、反対に、すべての言説をそれぞれいいねといって放置するのもまたおかしな…

竹村牧男「『大乗起信論』を読む」(春秋社 2017)

『大乗起信論』は大乗仏教の数少ない綱要書のひとつで、一心二門三大四信五行の体系的な構成により、唯識・如来蔵・中観思想を統合的に示している。一心二門三大四信五行は、一心=衆生心、二門=真如門と生滅門、三大=体大と相大と用大、四信=真如および…

高崎直道『「大乗起信論」を読む』岩波セミナーブックス35 (岩波書店 1991)

岩波文庫での現代語訳と解説の仕事が1994年。それに先立つこと九年、1985年に全六回の岩波市民セミナーで行なった講義内容を書籍化したもの。高崎直道は如来蔵思想の専門家で、本書では、『起信論』の本覚・不覚・始覚の三極構造と、不生不滅の真如と心消滅…

ジャン・フランソワ・ビルテール『荘子に学ぶ コレージュ・ド・フランス講義』(講義 2000, 出版 2002, みすず書房 亀節子訳 2011)

スイス生まれの中国学者がパリの地の聴衆に向けて講義した荘子の記録。日本人が日本人に向けて語る荘子とはだいぶ違った印象の深読みが実践されていて面白い。荘子を語るにあたって引き合い参照される人物たちがまず独特で、荘子像を新たなかたちで印象づけ…

鈴木修次『人と思想 38 荘子』(清水書院 1973, 2016)

為政者側の論理を整えるための思想としての儒家に対し、無為自然の優位を説く老荘の思想は、被征服者たちが追いやられた南部の土地で形成されていったという指摘にはじまり、墨子の社会主義的思想や揚朱の個人主義をともども採り入れ老子の哲学的側面を広く…

E・M・シオラン『四つ裂きの刑』(原著 1979, 法政大学出版局 金井裕訳 1986)

現世を拒否し世俗を厭うシオランの老年期の断片・アフォリズム集。この世を厭い、自殺が唯一の解決策であると何度も明言しながら、折々の自殺であるような文章を際限なく書き出していくことで、死からも逃れ、どこでもない場所を切り拓いていくようなところ…

堀田彰『人と思想 6 アリストテレス』(清水書院 1968, 2015)

先日読んだ『人と思想 83 エピクロスとストア』が良かったので、同じ著者の『人と思想 6 アリストテレス』にも手を出してみた。対象がアリストテレスという大きな存在であるために、思想全般を扱おうとすると凝集度についてはやや落ちている印象があるが、そ…

ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー『神 第一版・第二版 スピノザをめぐる対話』(原著 1787, 1803, 法政大学出版局 吉田達訳 2018)

ヤコービ(1743-1819)を相手にした「汎神論論争」において、当時言論界で無神論者として忌避されていたスピノザの思想をはじめて擁護し、肯定的に読み解く方向性を与えた対話篇。人格神でも目的や意志を持った創造神でもない無限の実体としての神即自然のスピ…

シオラン『敗者の祈禱書』(原著 ルーマニア語1940-44, フランス語訳 1993, 法政大学出版局 金井裕訳 1996, 2020)

独軍占領下のパリでシオランが綴った母語ルーマニア語での最後の著作。本書以降はフランス語での著述に切り替わる。生まれたことへの呪詛と、生きることの苦痛、倦怠、嫌悪を一貫して書きつづけたシオラン。本書は章題を持たない70の断章からなっていて、…

柄谷行人『力と交換様式』(岩波書店 2022) 初読

柄谷行人81歳での最新作は、枯れたという印象はまったくないが、焦りのようなものが消えた円熟した語りのスタイルによる思考の到達点を見せてくれている。 共同体による贈与と返礼、国家による略取と再分配、資本による貨幣と商品の交換、国家や資本を揚棄…

北園克衛『現代詩文庫1023 北園克衛詩集』(思潮社 1981)

エズラ・パウンドなどとも交流のあったモダニスト詩人の詩選集。行替えの激しい『黒い火』あたりの作風がもっとも個性が出ているような印象だった。E.E.カミングスや高柳重信などの詩型が類想される。言語自体のイメージを梃子にして創られた作品は、元…

大木実『現代詩文庫1041 大木実詩集』(思潮社 1989)

大木実(1923 - 2009)は大正生まれで太平洋戦争期に招集を受け帰還した後も詩を書き続けた詩人。思潮社の選集の巻末エッセイには、尾崎一雄、三好達治、高村光太郎、丸山薫、川崎洋といった錚々たる面々の讚が集められていることからも、ただごとではない詩…

竹村牧男『禅のこころ その詩と哲学』(ちくま学芸文庫 2010)

仏教学者竹村牧男の思想の根幹は臨済禅で、系譜としては釈宗演‐鈴木大拙‐秋月龍珉‐竹村牧男となる。著作における特色としては禅が大乗仏教であることを強く押し出しているところが挙げられる。本書の第七章「大悲に遊戯して<大乗>」のなかの小題のひとつに…

竹村牧男『華厳とは何か』(春秋社 2004, 新装版 2017)

Eテレ「こころの時代」2002年度のテキストをもとにした華厳入門書。比較的手に入りやすい華厳思想の入門書のなかでは、もっとも詳しい思想解説と経典読解ではないかと感じた。特に第二部は華厳思想入門から実際の経典への導きとしての道を示していて貴…

堀田彰『人と思想 83 エピクロスとストア』(清水書院 1989, 2014)

清水書院の「人と思想」シリーズは伝記と思想案内を同時に行っている質が良く効率も良い入門書であるが、本書『エピクロスとストア』は入門書の域を超えるくらいの本格的な思想案内書となっている。 エピクロス派もストア派もともに世界は物質から構成されて…