読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

2021-01-01から1年間の記事一覧

堀田百合子『だだの文士 父、堀田善衞のこと』(岩波書店 2018)

娘の眼に映った作家堀田善衞の仕事と日常。 田植えをするように夜中にお気に入りの万年筆でトントンと原稿用紙を埋めていく堀田善衞が印象的。 一日五枚、2000字を積みあげて、堅牢であるが陽当たりも風通しもよい質の高い大作を次々に生み出していった…

堀田善衞『若き詩人たちの肖像』(新潮社 1968, 集英社文庫 1977)

1936年(昭和11年)の二・二六事件前夜から1943年(昭和18年)11月15日召集の召集令状が届くまでの予科を含めて大学生活約8年間を描いた自伝的長編小説。 父の代で家が没落してしまった北陸の廻船問屋に生まれ育ち、北陸旧家に受け継がれて…

堀田善衞『路上の人』(新潮社 1985, 徳間書店スタジオジブリ事業本部 2004)

ジブリの鈴木敏夫プロデューサーが堀田作品の中でいちばん好きだという小説『路上の人』。そのことを作者本人に伝えたところ映画化権をあげると言って、もらっている状態のジブリ。いまのところ実現されていないが、アニメーションになったらどうなるだろう…

エピクテトス『人生談義』(國方栄二訳 岩波文庫 全二冊 上巻 2020, 下巻 2021)

ストア派の哲人エピクテトスは、彼が敬愛するソクラテス同様、自分ではなにも書かなかった。 ソクラテスの言行を弟子のプラトンが残したように、エピクテトスの言行は弟子のアリアノスによって残された。 歴史家として著作を持つアリアノスの書き残したエピ…

ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー『タイタニック沈没』(原書 1978, 野村修訳 晶文社 1983)ハバナ 1969 - ベルリン 1977

エンツェンスベルガーの第六詩集。いったんは1969年ハバナにて完成していた作品であったが、飛行機での移動時に原稿とともに荷物が紛失したため、あらためて書き直された。単に書き直されただけではなく、紛失したものを回復し復元させるための考察と戦略が…

ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー『霊廟-進歩の歴史からの37篇のバラード』(原書 1975, 晶文社 1983)

エンツェンスベルガーの第五詩集全訳。十四世紀から二十世紀までの進歩の過程に名を刻んだ者たち三十七人の肖像を、アイロニカルな視線で詠いながら、二十世紀も終わりに差し掛かろうとしている1975年時点の状況、歴史の積み上げによって生まれている状…

【雑記】月食の夜、金春禅竹の「定家」を読み返す

本日旧暦 10/15(神無月十五日)、月齢 14.2、満月(18時)。 今回の部分月食は98%強の部分が月食となるという。月の出以前の16時19分頃からはじまり、食の最大が18:02頃、19時47分に食が終わる。 16:30区の児童への帰宅アナウンス(夕焼けチャイム)を聴いて…

富山県高志の国文学館編『堀田善衞を読む 世界を知り抜くための羅針盤』(集英社新書 2018 著者:池澤夏樹, 吉岡忍, 鹿島茂, 大高保二郎, 宮崎駿)

『方丈記私記』『定家明月記私抄』『ラ・ロシュフーコー公爵傳説』『別離と邂逅の歌』『堀田善衞詩集 一九四二~一九六六』と堀田善衞の作品を読みすすんできて、次は何を読もうかということと、他の人はどんな風に読んでいるのかを知りたくて手に取った一冊…

アラン・バディウ『倫理 <悪>の意識についての試論』(原書 2003, 河出書房新社 2004)

ドゥルーズ、デリダ以後の最大の哲学者と言われるモロッコ・ラバト出身のフランスの哲学者アラン・バディウの小品。余裕を持ったレイアウトで本文は150ページ程度、新書一冊分の分量。主著『存在と出来事』(原書 1988)と『世界の論理』(原書 2006)の…

黒井千次『老いるということ』(講談社現代新書 2006)

黒井千次の「老い」シリーズ新書作品のおそらくいちばん最初の作品。他三作は中公新書、(現時点で未読の)『老いのかたち』(2010)『老いの味わい』(2014)『老いのゆくえ』(2019)。 本書はNHKラジオの「こころをよむ」の2006年第1四半期放送分…

ハイナー・ミュラー『ゲルマーニア ベルリンの死 ― ハイナー・ミュラーの歴史を待つ戯曲集』(早稲田大学出版部 1991)

ハイナー・ミュラー(1929-1995)は、ブレヒトを批判的に継承し発展させた旧東ドイツの劇作家。西側世界のベケット、東側世界のハイナー・ミュラーというように紹介されることもしばしばある存在。 本書は日本初刊行のハイナー・ミュラー戯曲集で、1950…

詩人としての堀田善衞 その2『堀田善衞詩集 一九四二~一九六六』(集英社 1999)

戦時中の雑誌掲載作品から、「広場の孤独」で1951年下期の芥川賞をとり、本格的に小説を書きはじめるまでの、1950年代初頭までの雑誌掲載作品を中心に集められた、没後刊行の拾遺詩集。 死に囲まれた絶望と哀しみから、冷たく静かで深い怒りを経て、…

詩人としての堀田善衛 その1『別離と邂逅の歌』(作品執筆時期 1937-1945, 編纂草稿 1947, 集英社刊 2001)

遺稿整理から発見された、第一次戦後派作家というようにも分類される作家、堀田善衛の、主に戦中の20代に書かれた詩作品。死と隣り合わせに生きていた世界戦争の時代における、生々しい精神の記録としても、読み手の心に響いてくる詩作品。 大学時代から、…

集英社『現代美本の美術 第13巻 鳥海青児/岡鹿之助』(1977)で岡鹿之助の作品44点を見る

金井美恵子がフランシス・ポンジュの詩「動物相と植物相(ファウナとフローラ)」を引用しながら岡鹿之助を語ったエッセイ「思索としての三色スミレ(パンセとしてのパンセ)」を『切り抜き美術館 スクラップ・ギャラリー』に出会ってしまったがために、そこ…

金井美恵子『切りぬき美術館 スクラップ・ギャラリー』(平凡社 2005)

映画、とりわけオーギュス・トルノワールを父に持つジャン・ルノワールに寄り添ってもらいながら、図像にも高揚する個人的な日々を、文章で迎え撃ちつつ、外の世界にも波及させようとしているかのような、勇ましさも感じさせる美術エッセイ集。 戦闘的で毒の…

上田三四二『西行・実朝・良寛』(角川選書 1979)

『この世 この生 ― 西行・良寛・明恵・道元』に先行すること5年、上田三四二、56歳の時の刊行作品。醇化しまろやかになる前の荒々しく切り込んでいく姿勢が感じられるのは、壮年の心のあり様がでたのであろうか。語りの対象と同じく歌に生きる者の厳しい…

上田三四二『この世 この生 ― 西行・良寛・明恵・道元』(新潮社 1984, 新潮文庫 1996)

世俗を離れて透体にいたるまで純化した人たちの思想と詩想を追う一冊。第36回の読売文学賞(評論・伝記部門)の受賞作であるが、いまは新刊書では手に入らない。 明恵は一個の透体である。彼はあたうかぎり肉体にとおい。もちろん、肉体なくして人間は存在…

アラン・バディウ『思考する芸術 非美学への手引き』(原書 1998, 坂口周輔訳 水声社 2021)

訳文の中に出てくる「免算」という見慣れない語彙に引っ掛かった。 「免算」だけでは検索でヒットしなかったので、「免算 数学」と「免算 バディウ」で検索したところ、科学研究費助成事業データベースに導かれていった。 アラン・バディウの数学的存在論と…

ヴォルテール『寛容論』(原書 1763, 中川信訳 現代思潮社 1971, 中公文庫 2011)

光文社古典新訳文庫の斉藤悦則の新訳(2016)もあるらしいが昔からある中川信の訳で『寛容論』を読んだ。 不寛容が拡がっている世の中で、あらためて読み直されている古典、らしい。 カソリックとプロテスタントの対立が長くつづいていた18世紀フランスに起…

谷川俊太郎『東京バラード、それから』(幻戯書房 2011)

谷川俊太郎の写真60葉と詩作品90篇。 80歳の時の一冊。 写真は50年代、60年代のもの。東京タワーの建設中の風景を含むモノクロームの写真。 詩は、10代後半のものから書下ろしを含む刊行当時のものまでの60数年からのピックアップ。 バラード…

折口信夫『口訳万葉集』下 (文会堂書店 1917, 岩波現代文庫 2017)

折口信夫の口述筆記による現代語訳万葉集。最終巻は第十三巻から第二十巻までを収める。 口述筆記という体裁も手伝ってか、若い折口の爽快感ある万葉解釈が印象に残る。さっぱりとした、すがすがしい読後感だ。 折口が教えた中学生にもわかるような現代口語…

草間彌生詩集『かくなる憂い』(而立書房 1989)と私の今日このごろ

2021年、11月を迎えた。 なんだかびっくりだ。 年の終わりを迎える準備なんかまったくできていないし、新たな一年なんてものも、ぜんぜん視野に入ってこない。 仕事的には怒涛の10月後半があって、まだその余韻から抜け切れていないでいる。 久方ぶ…

折口信夫『口訳万葉集』中 (文会堂書店 1917, 岩波現代文庫 2017)

折口信夫による日本初の万葉集現代語訳の第八巻から第十二巻までを収める文庫本。 万葉仮名を現代表記に改め、句読点を付した本文に、口語現代語訳を添えた体裁は、万葉集を読み進める速度を格段に上げ、鑑賞の態度を著しく変えた画期的な業績であるのではな…

折口信夫『口訳万葉集』上 (文会堂書店 1916, 岩波現代文庫 2017)

まだ無名の30歳を迎える前の貧乏研究家だったころの折口信夫の破天荒な業績。 中学教諭を辞職し、あてもなく上京、教え子とともに共同生活を送るうちに、生活の破綻が本格的に迫ってきたところ、大学時代から折口の抜群の才能を目にしてきた人たちが、救い…

フアン・ヘルマン詩集『価値ある痛み』(原書 2001, 寺尾隆吉訳 現代企画室 2010)

暴力、戦争、政争、闘争。 二〇世紀は異なる立場に立った人たちが、大きな争いの流れに飲み込まれて、争うことのなかで精神的にも肉体的にも目にも見えるような姿でひどく傷ついた時代。社会主義(共産主義)の側も自由主義の側もファシズムの側も近代社会の…

村田郁夫訳『ジョナス・メカス詩集』(書肆山田 2019)

because my life is shaky. それは私の人生が震えているから。 ジョナス・メカス(1922-2019)はリトアニア出身の映像作家で詩人。反ナチス運動を行ない、強制収容所に入れられた後に、アメリカへ亡命、ニューヨーク、ブルックリンを拠点に活動した芸術家。…

モーリス・ブランショ『マラルメ論』(粟津則雄・清水徹訳 筑摩叢書 1977)

ブランショのマラルメ論考を集めた日本独自の書籍。翻訳も各論考もなされた時代にかなりの幅があり、出典も異なっているため、一冊の本として筋の通った展開があるわけではないが、各論考でくりかえしとりあげられるマラルメの言語に対する姿勢が、すこし差…

ジョルジュ・プーレ『人間的時間の研究』(原書 第1巻 1949, 第2巻「内的距離」1952, 筑摩叢書 第1巻 1969, 第2巻 1977 )

日本ではなんでも翻訳されているということはよく言われていることではあるのだが、そんなことはない、ということを知らせてくれる貴重な書物。ヌーヴェル・クリティックの代表的な作品であるジョルジュ・プーレ『人間的時間の研究』(全4巻、1949‐1968)も、…

馬場あき子『式子内親王』(紀伊国屋書店 1969, ちくま学芸文庫 1992 )「式子内親王集」を読む ③

深く激しい表現の発露のもとにあるものを、ノイローゼという言葉で表現しているところに、本書が書かれた時代の空気感と馬場あき子40代の激しさのようなものがすこし感じられ、ほんのすこしだけたじろいだりもするのだが、多くは式子内親王の歌を読み込み…

ジャック・デリダ『哲学のナショナリズム 性、人種、ヒューマニティ』(パリ社会科学高等研究院での原セミネール 1984/85, 原書 2018, 藤本一勇訳 岩波書店 2021)

ハイデガーのトラークル論をデリダが脱構築的に読み直し論じた講義録。単純に詩人トラークルが好きだからということで手に取って読んだとすると、ハイデガーもデリダもなに言ってんのということになりかねないし、トラークルの詩の印象からはかなり隔たって…