読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

日本の近現代詩

横書きでも鑑賞可能な吉田一穂の詩と縦書きでしか鑑賞できない高柳重信の俳句

こだわりの強い吉田一穂ファンのサイバースペース上での発言には「横書きの吉田一穂なんて耐えがたい」というものが結構多いけれども、私の個人的意見としては、そんなものですかねという程度。『古代緑地』で30度のポールシフトの影響度の強さを語ってい…

食べてゐる牛の口より蓼の花 高野素十(1893-1976) 『初鴉』(1948)から

高野素十は高浜虚子の提唱する「客観写生」を最も突き進めた俳人。特に近景描写にすぐれると言われる。小さなものを巧みにとらえ造化の妙を俳句形式に定着させている。また、あまり言われないことだが個人的には言葉のもつ音、韻律に敏感な俳人であったと考…

野口米次郎「空しい歌の石」( The Pilgrimage 1909『巡礼』 より )

空しい歌の石 雨が降ると私の夢はのぼる………六月の雲のやうに、歌が、私の耳もとに湧きたつ、風より軽い足拍子が、或は高く、或は低く、波うち、私の眼は夢で燃える。『私は何者だ?』『奈落の底の幽霊だ、夜暗の上に空しい歌の石を積みあげ、焔のやうに踊り…

野口米次郎「雀」( The Pilgrimage 1909『巡礼』 より )

雀 一幽霊、沈黙と影のなかから再び踊り出たもの、前世の色彩と追憶をあさる猟人、彼は同じ夢と人情を、ここに再び見出すことが出来るだらうか。彼は生きる力の把持者、彼は各瞬間に献身せるもの、彼の一瞬間は人間の十年にも比較されるであらう………各瞬間は…

野口米次郎「蓮花崇拝」( The Pilgrimage 1909『巡礼』 より )

蓮花崇拝 礼拝者は、谷からも山からも忍び寄る、この心は着物と共に、白い。彼等は今聖き池のまはりに坐る、池はこれ蓮花の聖殿………暗明の水を貫く無音の蕾は、恰も合掌の女僧のやうだ。恰も合唱の女僧のやうに、礼拝者は合掌する祈願する、沈黙の祈禱は言葉…

野口米次郎「狂想」( The Pilgrimage 1909『巡礼』 より )

狂想 麦稈(むぎわら)一把と、女の髪と、土塊(つちくれ)で、私の家は作られる………さうだ。世界はいらない、………ほしいものは真実の詩一つだ。左の窓から、蜘蛛は飛びこみ、目には見えない一群の、高慢稚気な踊り子が、右の窓から踊りこむ、まるで潮だ。いや…

野口米次郎「芸術」( The Pilgrimage 1909『巡礼』 より )

芸術 そもそも芸術は、蜘蛛の巣のやうに、香の空中にかかる、柔かで生き生きと、音楽にゆれる。(人生に浸潤する芸術は悲しい。)その音楽は瞬間の緊張に死ぬる、生きる、暗示がその生命だ。芸術に美と夢の探求はない、(なぜといふに、)芸術は美と夢そのも…

野口米次郎「影の放浪者」( The Pilgrimage 1909『巡礼』 より )

影の放浪者 眼には見えねど神の御手に招かれて、そよ吹く銀の風の如く、聖き空をめぐる。胸に秘むる一曲の歌………我等は祈禱の童僕(わらべ)だ。 我等の歌は、亡びし都城の跡を知らず、王国の哄笑も我等の足を止めない、我等の心は遠く、太陽、風雨を友として…

野口米次郎「歌麿の線画美人」( The Pilgrimage 1909『巡礼』 より )

歌麿の線画美人 それを線の美だといふのは余りに平凡、だが線は古くて、霊化して香気となつて、(この香気こそ生死を翺翔して永久にはいつた霊だ、)夢の手細工、糸遊(かげろふ)のやうに、自由に浮動している………歌麿の美人は流れる微風の美しさであらう。…

野口米次郎「沈黙の揺籃」(『夏雲』1906 より)

沈黙の揺籃 沈黙の揺籃から私の愛する詩人の歌が聞える、平和と記憶の無言の歌、年を知らない影の歌、永劫の霧の歌が聞える。私の愛する詩人の新しい無言の音律、春の夕の甘やかな無終の歌、睡眠の国を照らす月のやうな愛と涙の歌を私は聞く。 沈黙の揺籃か…

野口米次郎「夜」(『夏雲』1906 より)

夜 夜の睡! 夢の世界! 動揺の魂よ眠れ、汝の愛も富もさては汝の魂も体もすべてのものを神様に返して仕舞へ。ああ睡眠! 何たる夜と影の歌よ。 女性の星よ、今日は歌ひ給ふな。私は無となつて、君のやうに輝く私の恋愛を忘れたい。ああ世界よ眠れ、天国も地…

野口米次郎「風の一片」(『夏雲』1906 より)

風の一片 若しも私が青海から吹く風の一片であるならば、私は南方の平野に咲く罌子粟(ポピー)のなかに恋愛を捜すであらう、東方の山に輝く太陽に殺された白露の涙を数へるであらう。 若し私が青海から吹く風の一片であるならば、私は沈黙と灰色、さては胸…

野口米次郎「一羽の鳥」(『夏雲』1906 より)

一羽の鳥 灰色の森を飛ぶ灰色な一羽の鳥を私は聞く………真実の鳥でない、幻の鳥であらう。おお寂しい鳥よ。お前は以前のやうに死と暗黒を友としてゐるか、私は悲哀の柱によりかかる一詩人だ。私は香を焚き時には祈禱する。私は沈黙の空気をゆり動かすことをど…

野口米次郎「小さい歌」(『夏雲』1906 より)

小さい歌 今日幸福な小さい歌が風と共に過ぎゆく。私何処へでもそれを追ふであらう。恰(あたか)も木の葉の小さい声の如く、笑ひながら歌ひながら、幸福な小さい歌は過ぎゆく。 今日幸福な小さい歌はぱつたり止んだ………白い露は星のしたで落ちる。幸福な小さ…

野口米次郎「風」(『夏雲』1906 より)

風 私は風が秋草の陰で溜息するのを聞く、私は風が干潮の間に死を溜息するのを聞く………秋草の陰で死んだ風は永遠に眠る。潮は退(ひ)く………私の疲れた空想も退きゆく。 私は私の影を秋草の陰と干潮の間に見るであらう、溜息し溜息する私の一つの影を見るであ…

鬼束ちひろ「月光」(2000)

2月1日のNHK総合のSONGSは凄かった。久々に地上波で見た鬼束ちひろが歌いはじめた瞬間、異界に引きずり込まれたような衝撃が走った。 I am GOD'S CHILDこの腐敗した世界に堕とされた ってイエスかよ。20年前リアルタイムで聴いていた時とはまた違った重量感…

野口米次郎「薄明」(『夏雲』1906 より)

薄明 私は薄明の行方を見届けんとその後を追ふ………薄明は日中の光明のなかへ消える。私は再び薄明の行方を見届けんとその後を追ふ………薄明は夜の暗黒のなかへ消えうせる、おお薄明よ、私に語れ光明と暗黒とは同じものであるか。 私は歓喜から泣いたそれは昨日…

野口米次郎「静かな河を越え」(『夏雲』1906 より)

静かな河を越え 静かな河を越え静かな小山の彼方に私の母は影を抱いて住んでゐる。なぜあんなに小山と河は静かであらうか、私は母に遇ひたい………ただ風が私を呼ぶのを待つてゐる。 誰が私の母が寂しい影を抱いてゐる姿を見たであらうか、誰が彼女の香ばしい呼…

野口米次郎「想像の海」(『夏雲』1906 より)

想像の海 私は自然と甘い倦怠のうちに一になる。私の魂は徐(おもむろ)に眠へと消えてゆく。ああ、これは地上か或は天国か。夏の香気は自然を甘くし眠らせる、樹木と鳥は微風に耳語する。 私はいふ、『私は盲目(めくら)で聾(つんぼ)で啞(おし)であり…

野口米次郎「悲哀の詩」(『夏雲』1906 より)

悲哀の詩 『悲哀の詩が私の最初でしかも最後のものだ』と私は詩を作る時いつもいふ。夕日は悲しみの矢を投げて私の魂を傷ける。 失望と暗黒が急に世界を満たさうとする。私は悲しい思想を忘れようとして泣。恰も暴(あ)らあらしい海上を凝視する男のやうに…

野口米次郎「一言」(『夏雲』1906 より)

一言 沈黙の歌をうたふ広漠の歌ひ手よ、星よ、君に捧げる言葉あり、 曰く、『人間は冷かだ、朝になると君の聖(きよ)き姿を忘れて仕舞ふ、君失望する勿れ失望する勿れ。』 (『夏雲』1906 より) 野口米次郎1875 - 1947 野口米次郎の詩 再興活動 No.023

野口米次郎「林檎一つ落つ」(『夏雲』1906 より)

林檎一つ落つ 『今は高潮の時だ、何か起るであらう』と私は耳語する………あらゆる声は十分に漲(みなぎ)りきつた正午の胸のなかへ消え、太陽は懶(ものう)く、大地は黄金の空気で包まれ、蝶蝶は飛び去つた。樹木は自分の影をその袖のなかへ畳み込んで仕舞つ…

野口米次郎「女神と男神」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

女神と男神 女神は河の羊毛をながながと紡(つむ)ぎ給ふ、聖き紡女の声は銀だ。ああ、紡夫の黄金の沈黙よ!男神は時の車を廻はして、昼の白と夜の黒とを永遠へと紡ぎ給ふ。 (From the Eastern Sea 1903『東海より』より) 野口米次郎1875 - 1947 野口米次…

野口米次郎「常夏の国」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

常夏の国 ここは黄色の午後の国、だるい影のやうな甘い国、赤唇の平和がその顔に溢れ、平和は太陽の光と愛に栄える。ああ諧音と香気はやはらかに墓場に眠る人々へ降り、再び彼等を生命に蘇生させる………ああ夢と耳語の国、幸福と花の国、悲哀と暗黒は亡び、亡…

野口米次郎「北斎の富士」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

北斎の富士 その神聖な息吹(いぶき)に触れ、私共は神の姿に帰る。その沈黙は即ち歌、その歌は即ち天国の歌だ。今熱病や憂苦の陸土はすずしい眼の平和の家と変る、ただ死ぬべく生まれる人間の陸土から、私共は遥か離れた平和の国に入る。ああ、私共は富士の…

野口米次郎「山上」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

山上 われ山上に立ち、深い霧に自らを失ふ時、われその柱となつて、宇宙に作られたりと思ふ………天地創造の始め、深さ否深さのない深さの上に立つ神は、則(すなは)ちわれらにあらざるか。 (From the Eastern Sea 1903『東海より』より) 野口米次郎1875 - 1…

野口米次郎「春」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

春 春、翼の春、笑ふ蝶々、彼方に煌(きらめ)く、瞬間の天女。芳(かぐは)しい愛人の小さい影、乙女の春、今消えゆく、魅力を尽くして、影、黄金の影。春、横着な可愛いい春、気位高い男たらし、笑ふに生れた、生きるのでない、春、飛びゆく春、麗しい駈落…

野口米次郎「月夜」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

月夜 明月や池をめぐりて夜もすがら 芭蕉 悲しき月は山を、われは静かに山を離れ、漸くにして、われ、悲哀の思ひを、声なき風にふり落とせり。月の歩みは美しけれど冷たし、われも銀の平和を踏み、人間の路より遠ざかる。神秘の光、露を帯び、恰(あたか)も…

金子光晴・森三千代・森乾 『詩集「三人」』

金子光晴(父)、森三千代(母)、森乾(息子)三人が戦争から逃げるようにして生きている間に書き綴った私家版詩集。息子20歳とすると、父50歳、母44歳の時の作品。本に持っていかれた人生が生んだ詩。 誰とも顔を合されぬといつて、室のうちにひたが…

野口米次郎「われ山上に立つ」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

われ山上に立つ かくてわれ山上に立ち、生命と沈黙の勇者………勝ち誇り、空に眼をむけ、突立ちあがり、没せんとする太陽を見て微笑み、麗しく悲しき告別を歌ふ。夕は神秘にてわれらをとり巻き、その香気は伝統の如くかんばし、ああ、われにしのび寄る諸々の思…