読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

海外の詩

ルイーズ・グリュック『野生のアイリス』(原著 1992, 野中美峰訳 KADOKAWA 2021)

2020年のノーベル文学賞受賞作家の第六詩集。本作にてピューリッツァー賞詩部門を受賞、詩人の著作の中では最も読者層に受け入られた詩集でもある。 花咲き実を結ぶ植物と、その植物との出会いの場となる小さな庭園を主要なモチーフに、自身の揺らぎ続け…

監修:宇野邦一+鈴木創士、訳:管啓次郎+大原宣久『アルトー後期集成Ⅱ 手先と責苦』(河出書房新社 2016)

明晰と錯乱の混淆した類いまれな作品。アルトーが生前に構想していた最後の作品は、長期間におよぶ精神病院収用の最後の数年間に書かれた書簡と詩的断章からなるもので、妄想と呪詛が現実世界に対して牙をむいている。全集編者による推奨の短文に「アルトー…

ルイーズ・グリュック『アヴェルノ』(原著 2006, 江田孝臣訳 春風社 2022)

2020年度ノーベル文学賞詩人の63歳での第10詩集。『野生のアイリス』に次ぐ二冊目の日本語訳詩集。 一時間たらずで読み通せてしまうので、気になったときに再読するのに適した分量、そして内容。 母娘の世代間に関する齟齬の物語。 押し付けられたの…

宇野邦一訳 サミュエル・ベケット『どんなふう』(原著 1961, 河出書房新社 2022)+片山昇訳『事の次第』(白水社 2016)

小説としては前期三部作『モロイ』(1951)『マロウンは死ぬ』(1951)『名づけえぬもの』(1961)に次ぐストーリー解体後の後期モノローグ作品の端緒となる最後の長篇といえる作品。もっとも読まれ、もっとも知られてもいるだろう戯曲『ゴドーを待ちながら』(1952…

アンドレ・ブルトン+アンドレ・マッソン『マルティニーク島 蛇使いの女』(原著 1948, 松本完治訳 エディション・イレーヌ 2015)

第二次世界大戦下のフランス、1940年6月ナチスドイツの侵攻によりパリが陥落したのち、ナチスの傀儡であるヴィシー政権が成立、危険な無政府主義者たちあるいは退廃芸術家と目されていたシュルレアリストたちは、アメリカへの亡命を余儀なくされた。本…

ジェイムズ・メリル『イーフレイムの書』(原著 1976, 志村正雄訳 書肆山田 2000)

無意識は創造されつづけ変様するのだから、神もまた創造しつづけ変形しつづけるという考え方も許されるのではないか? そんなことを思わせてくれた二十世紀後半のアメリカが生んだ長篇詩の翻訳。 ユングは言う――言わないにしても、言っているに等しい――神と<…

新倉俊一編 西脇順三郎コレクションⅢ『翻訳詩集 ヂオイス詩集(ヂオイス)/荒地/四つの四重奏曲(エリオット)/詩集(マラルメ)』(慶応義塾大学出版会 2007)

語学の天才という評価を誰も否定できない井筒俊彦の語学の先生が西脇順三郎。 専門は英文学だけれど、世界を相手にしたモダニズム、ダダイスム、シュルレアリスム運動の中心人物・かけがえのない詩人という側面もあって、19世紀フランス象徴派の代表的詩人…

寿岳文章訳のダンテ『神曲』

ダンテの『神曲』を粟津則雄が推奨していた寿岳文章訳で読んだ。単行本の刊行は1974-76年、この訳業により1976年の読売文学賞研究・翻訳賞を受賞している。私が今回手に取ったのは集英社ギャラリー[世界の文学]1古典文学集。イタリア文学者河島英昭によるダ…

『ドレの神曲』(原作:ダンテ、訳構成:谷口江里也、挿画:ギュスターヴ・ドレ 宝島社 2009)

視覚芸術において革命的なメディアとして十九世紀に登場した挿画本で活躍し、その初期において技術的な完成度としてひとつの頂点に達していたギュスターヴ・ドレ。本書はダンテ『神曲』のために作成された140点近い版画作品をすべて刊行当時のオリジナル…

福田昇八訳 エドマンド・スペンサー『韻文訳 妖精の女王』(原著 巻1~6 1596, 巻七の無常二篇は死後出版 1609, 九州大学出版会 2016)

古典作品には最初に触れて欲しい年齢層というものは間違いなくあって、本書もできることであれば、十代のうちのどこかで出会っていたほうがよい古典作品に挙げられる。訳者のあとがきにも日本の中高生がスペンサーの詩を気軽に朗誦できるようにしたいという…

粟津則雄『ダンテ地獄篇精読』(筑摩書房 1988)

山川丙三郎の文語訳(1914-1922)ダンテ『神曲』を導きの糸として取り入れていたのは大江健三郎の代表作のひとつ『懐かしい年への手紙』(1987)。本書はその翌年に出版された地獄篇のみの読み解き本で、寿岳文章訳(1974-76)の訳業に大きくインスパイアされてい…

トルクァート・タッソ『愛神の戯れ ――牧歌劇『アミンタ』――』(訳:鷲平京子 岩波文庫 1987, 原著 1573)

困難に向き合うことも多くあった大作『エルサレム解放』の執筆中をぬって書かれた詩人タッソの資質をはばたかせた劇作。これぞ王道というオーソドックスな恋物語。死の際からの生還、愛の行き違いにかかるリスクのとてつもない大きさ、行ったり来たりの展開…

小池澄夫+瀬口昌久「ルクレティウス 『事物の本性について』――愉しや、嵐の海に (書物誕生 あたらしい古典入門)」(岩波書店 2020)

多作の思想家であったというエピクロスの作品が散逸してしまってほとんど残っていないのに対し、エピクロスの思想を展開したルクレティウスの『事物の本性について』全六巻が残ってきたのはなぜなのか? キリスト教の教義から見ればともに異端として退けられ…

トルクァート・タッソ『エルサレム解放』(原著 1575 アルフレード・ジュリアーニ編 1970, 訳:鷲平京子 岩波文庫 2010)

本書はイタリア・バロック文学の古典『エルサレム解放』の本文を交えたダイジェスト版の翻訳で、正確には『エルサレム解放 トルクァート・タッソの原文にアルフレード・ジュリアーニの語りを交えた長篇叙事詩抄』というタイトルの古典再編集作品である。感覚…

マリオ・プラーツ『官能の庭Ⅱ ピクタ・ポエシス ペトラルカからエンブレムへ』(原書 1975, ありな書房 2022)

1993年にありな書房から訳出刊行されたマリオ・プラーツの芸術論集『官能の庭』の分冊版の第二巻。 イタリア・ローマに生まれ、専門とするイギリス文学研究については20世紀の最高峰と言われるとともに、自国の美術と文芸にも深い理解を持ち合わせてい…

サン=ジョン・ペルス(1887-1975)『サン=ジョン・ペルス詩集』(多田智満子訳 思潮社 1967, 新装版 1975)

ロジェ・カイヨワがカントが美に与えた定義である「目的なき合目的性」の典型的例として称賛したサン=ジョン・ペルスの詩の翻訳選集。 ありとしあらゆるものの名を呼びながら それが偉大であると唱えた、生きとし生けるものの名を呼びながら それが善美であ…

ヴィスワヴァ・シンボルスカ『瞬間』(原著 2002,沼野充義 訳・解説 未知谷 2022) 初読

初読、と言っても、今時点で三周くらいはしている。 1996年にノーベル文学賞を受賞した後の、70代以降の作品を集めた最晩年に刊行された詩集。 全23篇の詩篇に、訳者解説がそれぞれ付く。 解説は、初読で読むか、後から読むかはあらかじめ決めておい…

『ホモサピエンス詩集 ―四元康祐翻訳集現代詩篇』(澪標 2020)  たとえば、「現代マケドニアの詩人の存在を知っていますか?」と問いかけてもいる詞華集

ドイツ、ミュンヘン在住の日本語現代詩人の四元康祐が、主に西欧で開催された文学祭や詩祭や相互翻訳ワークショップで知り合った22ヶ国32人の詩人の作品を、自らの手で訳して紹介した、今現在の世界の現代詩を知ることのできる貴重なアンソロジー。 各国…

マーガレット・アトウッド『パワー・ポリティクス』(原著 1971, 彩流社 出口菜摘訳 2022 )

やや人生に疲れの見えだしたところで出会った男女二人のうちの女性側の視点から、互いの固定観念と日常性のなかに埋没していくことへの抵抗感を詠った詩、といったところだろうか。約50年前、著者32歳の時の作品で、五番目の詩集。男性側は左翼政治活動…

ロビンドロナト・タゴール『タゴール著作集 第一巻 詩集1』(第三文明社 1981)

タゴール自身の英訳詩からの重訳をベースにした訳詩集。九つの詩集と初期詩篇をおさめる。代表作として森達雄訳の『ギタンジャリ』のほかに片山敏彦訳『渡り飛ぶ白鳥』が収録されているところに大きな意味がある。 両者とも、梵我一如思想の色濃い「わたし」…

1990年の英国祭(UK90)にあたって国立西洋美術館で開催された展覧会のカタログ『ウィリアム・ブレイク William Blake 1990』の第二版(日本経済新聞社 1990)

ニーチェに先立って従来のキリスト教的価値観を超える善悪の彼岸を、自身の詩作と版画と水彩画によって切り拓こうとしたイギリスの芸術家ブレイクの、画家としての業績を、基本的に年代順に紹介した作品展のカタログ。ブレイクは銅版画家、挿絵画家が生計を…

ウィリアム・ブレイク『ブレイク詩集』(彌生書房 世界の詩55 寿岳文章訳 1968)

ブレイクの創作全期間のなかから選ばれた詩篇によるアンソロジー。前期の代表的詩集『無心の歌 The Songs of Innocence』(1789)、『有心の歌 The Songs of Experience』(1794)の詩篇におおきく偏ることなく、全体的な業績が想像できるような編集がされている…

ラビンドラナート・タゴール『タゴール詩集』(彌生書房 世界の詩39 山室静訳 1966)

『ギタンジャリ(英語版)』ただ一冊の功績によって1913年にアジア初のノーベル文学賞を受賞したラビンドラナート・タゴールの日本版詩選集。基本的にはベンガル語の詩人であるが、本人による英訳、というよりも英語による改作した作品のほうが広く読まれて…

シャルル・ボードレール『小散文詩 パリの憂愁』(原著 1869, 思潮社 訳・解説:山田兼士 2018)

2022年現在一番新しい翻訳かと思って調べたら、2021年はボードレール生誕200年ということもあってかもうひとつ新しい翻訳が出ていた。なんにせよ研究と読解の成果が新しく出てくることは、ボードレールに触れる機会が増えるということだけ見ても、いいことだ…

ウィリアム・ブレイク『ブレイク詩集』(平凡社ライブラリー 土居光知訳 1995)

角川文庫のブレイク詩集の訳者である寿岳文章(1900-1992)より十四歳年長の英文学者土居光知(1886-1979)によるブレイク初期の三詩集の翻訳アンソロジー。 無心の歌(The Songs of Innocence、1789年)経験の歌(The Songs of Innocence and of Experience…

塚原史+後藤美和子 編訳『ダダ・シュルレアリスム新訳詩集』(思潮社 2016)

チューリッヒ・ダダ100周年、アンドレ・ブルトン没後50年の年に刊行されたダダ・シュルレアリスム新訳新編アンソロジー。上下二段組み、236ページ。詩人32名、199篇という満足感が得られるラインナップであった。刊行の意図としては、美術の世界のダダ・シュ…

柏倉康夫訳 ステファヌ・マラルメ『賽の一振り』( 発表 「コスモポリス」1897年5月号, 月曜社 叢書・エクリチュールの冒険 2022 )

ステファヌ・マラルメの最後の作品「賽の一振りは断じて偶然を廃することはないだろう」の最新日本語訳。柏倉康夫によるマラルメ翻訳は、晦渋さが極力排除された理解しやすくイメージを得やすいものとなっている。さらに、先行する研究や翻訳への目配りが届…

朝比奈緑+下村信子+武田雅子 編訳『【ミラー版】エミリ・ディキンスン詩集 芸術家を魅了した50篇 [対訳と解説]』(小鳥遊書房 2021)

様々な分野の作家に大きな影響を与えているエミリ・ディキンスンンの詩の世界を、各分野で参照引用されている作品を取り上げながら、原詩と新訳と解説で詳しく多角的にとらえている最新アンソロジー。音楽、アート、絵本、映画、演劇、詩と小説、書評、評論…

中林孝雄訳『エミリ・ディキンスン詩集』(松柏社 1986)

ウォルト・ホイットマン(1819-1892)と並び称されるアメリカの国民的詩人エミリ・ディキンスン(1830-1886)の没後100年にあわせて刊行された日本語訳アンソロジー。およそ1800篇残されたディキンスンの詩のなかから154篇を選び、作品番号順(基本的…

『ポプキンズ詩集』(春秋社 安田章一郎+緒方登摩訳 2014)

一様ではない世界の紋様に敏感に反応し、見悶えた人としてのジェラード・マンリー・ポプキンズ。 まだら模様の幻視者という印象が強い。 中世スコラ神学者のドゥンス・スコトゥスとイエズス会の創立者のイグナチオ・デ・ロヨラに傾倒し、英国国教会からロー…