批評
山下裕二と橋本麻里、両人ともに関心のある名前ではあったので、本の背表紙に名前が並んでいるのが目に入り、手に取ってみたところアタリだった。作家としては版画家の風間サチコという名前を知れたことがいちばんの収穫かもしれない。木版画を彫って一枚し…
西郷信綱、永積安明、広末保の三人の日本文学者が各専門時代ごとに凝縮された論考を展開している見事な解説書。読み応えがあり贅沢。 日本古代文学専攻の西郷信綱が古事記から女手の日記文学まで、日本中世文学専攻の永積安明が今昔物語の説話物語の世界から…
書名は『伊東静雄』となっているけれども、詩人の評伝ではない。作品論、それも詩人の第一詩集『わがひとに与ふる哀歌』一冊のみの作品構成を読み解く日本ではまことに珍しい著作になっている。全28篇を冒頭掲載作品から順追って掲載解説している本書を読…
『この世 この生 ― 西行・良寛・明恵・道元』に先行すること5年、上田三四二、56歳の時の刊行作品。醇化しまろやかになる前の荒々しく切り込んでいく姿勢が感じられるのは、壮年の心のあり様がでたのであろうか。語りの対象と同じく歌に生きる者の厳しい…
世俗を離れて透体にいたるまで純化した人たちの思想と詩想を追う一冊。第36回の読売文学賞(評論・伝記部門)の受賞作であるが、いまは新刊書では手に入らない。 明恵は一個の透体である。彼はあたうかぎり肉体にとおい。もちろん、肉体なくして人間は存在…
訳文の中に出てくる「免算」という見慣れない語彙に引っ掛かった。 「免算」だけでは検索でヒットしなかったので、「免算 数学」と「免算 バディウ」で検索したところ、科学研究費助成事業データベースに導かれていった。 アラン・バディウの数学的存在論と…
光文社古典新訳文庫の斉藤悦則の新訳(2016)もあるらしいが昔からある中川信の訳で『寛容論』を読んだ。 不寛容が拡がっている世の中で、あらためて読み直されている古典、らしい。 カソリックとプロテスタントの対立が長くつづいていた18世紀フランスに起…
ブランショのマラルメ論考を集めた日本独自の書籍。翻訳も各論考もなされた時代にかなりの幅があり、出典も異なっているため、一冊の本として筋の通った展開があるわけではないが、各論考でくりかえしとりあげられるマラルメの言語に対する姿勢が、すこし差…
日本ではなんでも翻訳されているということはよく言われていることではあるのだが、そんなことはない、ということを知らせてくれる貴重な書物。ヌーヴェル・クリティックの代表的な作品であるジョルジュ・プーレ『人間的時間の研究』(全4巻、1949‐1968)も、…
深く激しい表現の発露のもとにあるものを、ノイローゼという言葉で表現しているところに、本書が書かれた時代の空気感と馬場あき子40代の激しさのようなものがすこし感じられ、ほんのすこしだけたじろいだりもするのだが、多くは式子内親王の歌を読み込み…
ハイデガーのトラークル論をデリダが脱構築的に読み直し論じた講義録。単純に詩人トラークルが好きだからということで手に取って読んだとすると、ハイデガーもデリダもなに言ってんのということになりかねないし、トラークルの詩の印象からはかなり隔たって…
聖と俗、彼岸と此岸の聖別と交流をさまざまな角度から論じた美術論集。アンディ・ウォーホルとキリスト教、シルクスクリーン作品とイコンとの関連を論じた「アンディ・ウォーホル作品における聖と俗」がとりわけ興味深かった。大衆消費社会に流通する代表的…
心地よくはないが、何かただごとではない佇まいで読めと迫る小説の姿をまとったことばの塊。 人文科学の先端領域での研究サンプルとしての、一フィクションとしての対話。精神分析や言語学を吟味するための限界領域での対話セッションのひとつの例のような印…
ユルゲン・ハバーマスのもとで哲学の学位取得した著者による辛口のアドルノ入門書。フランクフルト学派全体の研究として評価の高い大冊『フランクフルト学派 ―歴史、理論的発展、政治的意義』(1988)と同時期に書かれたアドルノの業績全般の紹介の書で、コ…
狂暴、危険。だが愛がある。学識もある。記号の集積にしかすぎないのに生々しい現実感をもって迫り、訴えかけてくる一冊。質量ともに圧倒的で繊細華麗なフィルム体験とテクスト体験に裏打ちされた言説が、粗雑さや非歴史的な抽象性に気づかずにいるものたち…
堀田善衛『定家明月記私抄』(新潮社 1986 ちくま学芸文庫 1996)『定家明月記私抄 続篇』(新潮社 1988 ちくま学芸文庫 1996) 聖なる非現実の世界を写す和歌と俗なる現実の世界を写す日記
作者堀田善衛が読み解くのは、藤原定家(1162-1241)が歌の家を確立し永続させるための秘伝を伝える意図も持って書かれた漢文日記、明月記。公務と荘園経営の記録を軸に、王朝の動向と京の街の情景もしっかりと描き込まれている。時代は平安末期から鎌倉初期…
日本近世文学研究者、廣末保の語りの芸が冴える新書の研究書。幕藩制が崩れ落ちていく中の文政八年(1825年)に初演された鶴屋南北の歌舞伎狂言『東海道四谷怪談』を、当時の配役とその役者の特徴も踏まえながら、研究の文章において説明しつつ再上演させて…
仲正昌樹は自身の『ペンテジレーア』翻訳以前の既訳の業績として岩波文庫の吹田順助訳、沖積舎クライスト全集の佐藤恵三訳の二種があるというふうに記していたのだが、すくなくとももうひとつの既訳はわりと手にしやすい形で世に出まわっていて、それは白水…
一冊の本を読むにあたっては中身を読む順番で印象がだいぶ変わってくることがある。本書についてはロシア文学者の桑野隆のあとがき、著者のあとがきにかえて部分収録された『隠遁の韜晦』の文章を先に読んでから、本文としての各芭蕉論にすすんでいくという…
蓮實重彦が敬愛するテマティスム批評(テーマ批評)の雄ジャン=ピエール・リシャールが語るロラン・バルト。批評の対象となる作家や作品を慈しむことにおいて並び立つリシャールとバルトの共演は、とてもすてきだ。「傑作とはまさに、あらゆる風とあらゆる…
テクストの快楽、読むことの歓び。 ロラン・バルトの軽やかな誘惑に乗せられて、本を読むことはいいことだと単純に読みすすめていくと、人生のメインストリームからは見事に外れていくことにもなるので要注意ではあるのだが、気がついた時には岸辺からすら遠…
すごかった。笑える哲学書というのもめずらしい。本文もそうだけれどインパクトのある挿入図が独特で、その突飛さに思わずなんども吹きだした。笑いだけではなく、おそろしくいろいろなものがつめ込まれている。喜怒哀楽、戦慄、絶望、恐怖、愛、戦略、計画…
吉本隆明(1924 - 2012)の1986年、62歳までの詩作品から自選した詩選集。全570ページに125編が収められている。代表作と言われる「固有時との対話」(1952)や「転位のための十篇」(1952)よりも初期の「エリアンの手記と詩」(1946/47)のストレートな…
セネカの『道徳論集』のなかでもそれ自体としては肯定的にとらえられていた「暇」につづいて、岡倉天心の『日本の覚醒』でも「余暇」「閑暇」の重要性が説かれていたので、他の人の考えも併せてメモ。 【岡倉天心 THE AWAKENING OF JAPAN 原文】 The philist…
名画に描かれた手の部分200点を切り出して、手の表現力に眼を向けさせる一冊。顔と手は衣服をまとわないがゆえになまめかしいというところから、絵画の中の手を凝視する。一通り手のクローズアップを解説付きで通覧したあと、176ページ以降に掲載作品…
第26代東京大学総長時代(1997-2001)の9講演を収めた書籍。久しぶりに再読。頻繁にドゥルーズの『差異と反復』に言及していることにちょっと驚く。『マゾッホとサド』やフーコー論『新たなるアルシヴィスト』の翻訳者でもあるので別に驚くこともないのだが…
野見山朱鳥と聞いてパッと代表句が思い浮かんでこないので、本書『忘れ得ぬ俳句』が一番大きな仕事なのだと思う。書林新甲鳥から刊行されていた『忘れ得ぬ俳句』(1952)『続・忘れ得ぬ俳句』(1955)をあわせて一巻としたもの。俳人95名に代表句から迫る…
明治・大正・昭和の三代、82名の俳人の478句を選び、一句ごとに解釈と批評をつけた名句入門書。朝日新聞社のサイトには書籍紹介のページがあるものの、amazon上には中古品しかない。最安値8889円。希少品ということか。私は本は買っても売らない主義(…
日本の文芸の歴史の中で俳句形式がもつ意味合いを探る一冊。書き方講座というよりも読み方講座として重要性を持っている。 私たちがいま俳句とは何かを考えることは、俳句を生んだわが国文芸、とりわけ和歌の長い歴史、和歌の自覚を生んだ海外先進異国文芸と…
もとは1990年代後半『新編日本古典文学全集』の月報に連載されたエッセイ。オウム真理教地下鉄サリン事件などの影響で仕事がなくなっていた時期の著述。同時期の作品に『フィロソフィア・ヤポニカ』(2001)がある。神秘主義的でいかがわしいところもある…