読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

2019-01-01から1年間の記事一覧

宮下規久朗『そのとき、西洋では 時代で比べる日本美術と西洋美術』(2019)

日本美術と西洋美術という対比での学習感は正直あまり残らないが、各時代の分析、解説は平均して質が高いように思われた。 フランスの哲学者レジス・ドブレは、20世紀後半のメディア社会までを視野に入れ、一九九二年に『イメージの死と生』を出版。古代から…

河野元昭『鈴木其一 琳派を超えた異才』(2015)

琳派四人目。デザイン感覚が横溢したとき、画面上に重力のない異世界が出現する。 抱一の引力圏を離れた其一は、自己の才能の赴くままに飛翔し、多面的な画質の傑作を生み出す。融合や統一に向かうことなく、大きな振れ幅をもちながら、画風の昂揚期を迎えて…

玉蟲敏子 『もっと知りたい酒井抱一 生涯と作品』(2008)東京美術

琳派三人目、酒井抱一(ほういつ)。尾形光琳を見た後だと、色が淡いと感じる。その色彩感としなやかな描線から霊的な遥けさのようなものもかんじさせる。代表作「夏秋草図屏風」にも見られる銀地の表現に特色があり、静けさを湛えた非日常感を演出している…

仲町啓子 『もっと知りたい尾形光琳 生涯と作品』(2008)東京美術

琳派の生みの親、俵屋宗達に触れたので、せっかくなので琳派をもう少し追ってみる。 華やかな光琳。デザインのきいた「燕子花図屏風」もいいけど「四季草花図屏風」の生命感あふれるにぎやかさにより引き付けられる。 宗達画の学習は光琳が絵師となっていく…

『香山リカと哲学者たち 明るい哲学の練習 最後に支えてくれるものへ』(2017)

精神科医の香山リカと三人の日本人哲学者との対談三本。入不二基義、永井均、中島義道というラインナップ。聞き役の香山リカの切り込み方が浅く一本調子なこともあって、対談の成果を探すのがわりと難しい。香山リカとしてはいまの世の中の反知性主義に対し…

村重寧 『もっと知りたい俵屋宗達 生涯と作品』(2008)東京美術

琳派の生みの親、俵屋宗達。橋本治が一番好きだといっていた、俵屋宗達。はじめてちゃんと触れてみるための一冊。 早い時期に「平家納経」の補修事業に参与し、平安の原画を通して王朝美の粋に触れ、また自らも欠損した六図の補作を手掛けたことは、のちの宗…

福岡伸一『芸術と科学のあいだ』(2015)

日本経済新聞に連載された芸術よりのコラムの書籍化。フェルメール愛が突出している。 芸術と科学のあいだに共通して存在するもの、それは今も全く変わっていない。この世界の繊細さとその均衡の妙に驚くこと、そしてそこにうつくしさを感じるセンスである。…

中野京子『「怖い絵」で人間を読む』(2010)

各王室の内側が絵画作品を通して語られる章が読みごたえがあった。 運命の章:スペイン・ハプスブルグ家呪縛の章:オーストリア・ハプスブルグ家憎悪の章:ブルボン朝憤怒の章:ロマノフ朝 絵から歴史を読み解いていくというのは贅沢な感じだ。学生のころに…

高橋昌一郎『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(2014)

三人の代表的講演、論文の訳出をメインに据え、「解題」と「生涯と思想」を添えている。ゲーデルについては専門家にむけた講演であるようで、解説があってもなかなか歯が立たないレベルの内容だったが、それでもやはり本人の原稿に直接触れるためのさまざま…

佐藤優『世界宗教の条件とは何か』(2019)

2017年9月から12月にかけて創価大学にて行われた課外連続講座を書籍化。 キリスト教においては、苦難に耐えることと希望がセットになっています。「希望を持つ人は、苦難を克服することができる。また、現実の苦難を耐えることが将来の救いにつながる」とい…

佐藤優『君たちが知っておくべきこと ― 未来のエリートとの対話 ― 』(2016, 2019)

灘高生への特別講座の書籍化。エリート同士の交流を覗き見る。 今起きている出来事や人間のものの考え方には大抵、思考の鋳型があるんです。ほとんどはその反復現象だからね。人類がどんな思考の組み立てや論理の組み立てをしてきたのか、その歴史を知らなけ…

飲茶『哲学的な何か、あと数学とか』(2009)

フェルマーの最終定理の証明をめぐる数学歴史読み物。1600年頃に始まり1995年に最終的に証明されるまでの数学に取りつかれた人間たちのドラマ。感動的な本だが、数学自体の解説本ではないので注意。 その手の人々(引用者注:未解決問題に無謀にも挑む人々)…

足立恒雄『「無限」の考察 ∞-∞=?』(2009)

数学読み物。対象は高校生くらいから。 「無限」にターゲットを絞って、丹念に解説してくれている。 無限という概念は人類が考え出したものです。有限の対象で成り立つような事柄の中には無限の対象としても成り立つとして差しつかえない場合もありますが、…

Mark C. Chu-Carroll『グッド・マス ギークのための数・論理・計算機科学』(2013, 2016)

書店で手に取ったときに、数式が少なく、守備範囲が広そうで、入門書の次くらいのレベルの数学とコンピュータ関連の本という印象があったため購入。文系出身プログラマやSEにお勧め。 集合論は、その従兄弟である一階述語論理(FOPL)と共に、ほぼすべての現…

田中優子『江戸百夢 近世図像学の楽しみ』(2000)

この混雑からくるいかがわしさが「文化」とかいうもので、それが成立するには、あるていどの稠密が必要となる。関連のないものや、対立するものや、無意味な連想でつながっていってしまうものの稠密さだ。(「あとがき」p166) 18世紀の豪奢で朗らでにぎやか…

白洲正子『十一面観音巡礼 愛蔵版』(1975, 2010)

白洲正子は現代の文化的野蛮人たる私にも日本の別世界をすこし見せてくれる貴重な案内者である。 両眼をよせ気味に、一点を凝視する表情には、多分に呪術的な暗さがあり、まったく動きのない姿は窟屈な感じさえする。平安初期の精神とは、正しくこういうもの…

自作を語る画文集『アンリ・ルソー 楽園の夢』(訳編:藤田尊潮 2015)

画家自身の手紙、メモ、インタビューでの発言を絡めながら、アンリ・ルソーの生涯作品二百数十点のうちから代表作を中心に74点、三分の一程度の図版を掲載し、紹介。ジェローム、カバネル、ブグローといった当時のアカデミズムの大家たちを尊敬し、それに…

セルジュ・フォーシュロー『マレーヴィチ』(美術出版社〈現代美術の巨匠〉シリーズ 1995)

20世紀初頭の複数の芸術運動を駆け抜けた感のある作品群を、カラー106点と白黒挿入図版で紹介。自身が切り開いた「シュプレマティスム(絶対主義)」の抽象作品を頂点とした絵画制作を通しての精神の運動を追えるところが興味深い。具象からキュビズムを経て…

松本透 『もっと知りたいカンディンスキー 生涯と作品』(2016)東京美術

寝転がってカンディンスキーの絵を見ることのできる軽い一冊にもかかわらず、中身の情報はかなり充実しているように思う。 マレーヴィチは、1919年に《白の上の白》連作を発表して絵画の終焉を宣言し、タトリンら構成主義の作家たちも、伝統的な「構成(コン…

思潮社 現代詩文庫50 多田智満子詩集

内容:詩集 〈花火〉(1956)から37篇詩集 〈闘技場〉(1960)から16篇詩集 〈薔薇宇宙〉(1964)から11篇詩集 〈鏡の町あるいは眼の森〉(1968)全4篇詩集 〈贋の年代記〉(1971)から25篇評論:「ヴェラスケスの鏡」自伝:「薔薇宇宙の発生」作品論:鷲巣…

山崎昇『人と思想149 良寛』(1997 清水書院)

清水書院の「人と思想」シリーズで詩人が対象となる場合、伝記に実作品がふんだんに取り入れられて、優れたアンソロジーを読んだ気分にさせてくれる。本書の場合も漢詩、俳句、和歌の区別なく取り入れられていて、さらには書の図版も多く、良寛の全体像が見…

前野隆司 『「死ぬのが怖い」とはどういうことか』(2013)

受動意識仮説を人文的・哲学的に展開した著作。中島道義や永井均への批判的な言説も入っている。個人的にはロボットについてや科学的な知見をより多めにしていただいたほうが興奮できたと思う。「幸福を得たければ、達人を目指せ」(p226)というのは、そう…

前野隆司 『錯覚する脳 ─「おいしい」も「痛い」も幻想だった』(2007)

受動意識仮説について二冊目の本。意識がイリュージョンであり、視覚情報が脳の生成物であることを強調した著作。最後は仏教の「空」に科学の知見から近づいていっている。 付箋箇所:30, 46, 57, 69, 88, 103, 130, 134, 201, 214, 215 目の誕生以前の世界…

前野隆司『脳はなぜ心を作ったのか ─「私」の謎を解く受動意識仮説』(2004)

先日のエントリー、清水亮の『よくわかる人工知能 最先端の人だけが知っているディープラーニングのひみつ』で気になった受動意識仮説の提唱者の著作。私にはわりと受け止めやすい仮説だった。 付箋箇所:21, 27, 36, 42, 46, 57, 65, 83, 88, 93, 108, 114,…

高橋久一郎 『アリストテレス 何が人間の行為を説明するのか?』(2005)

全126ページのなかにしっかり内容がつまった一冊。アリストテレス入門書というか導入書としてかなりいいものではないだろうか。 わたしたちの生きている世界は、足を踏み出すに先立って、そのつど、そこには大地があるかどうかを確認しなければならないよう…

マンデリシュターム 『石』(1913)

1908年から1915年までの詩、81篇。100年以上たって、本日たまたま拾われるのは34篇目、1912年の詩。 落下は―恐怖の変らぬ道連れにして、恐怖とは空虚の感覚なり。(中略)永遠のために生きるものはわずか、だがお前が束の間のことに心をくだくなら―おまえの…

マンデリシュターム 「対話者について」(1913)

パウル・ツェランにも影響を与えた、20世紀ロシア文芸の核を担った感性するどい詩人の代表的評論。詩は誰に向けて書かれるのかという考察。 対話を欠いた抒情詩は存在しない。わたしたちを対話者の抱擁へとおしやる唯一のものは、自分自身の言葉に驚きたい、…

斎藤茂吉の良寛 『斎藤茂吉選集 第十五巻 歌論』

良寛についての歌論二篇を読んだ。 「良寛和歌集私鈔」(大正三年=1914)「良寛和尚の歌」(昭和二十一年=1946) 良寛の歌は総じて平坦単純であるから、左程にも思わない鑑賞者が多いと思ふが、その境地といひ調子といひ、なかなか手に行つたものである。俗…

宇野弘蔵 『資本論』と社会主義 (1958, 1995)

学問と科学の擁護。厳密さをベースに論考しつづける姿勢に頭が下がる。 著者主張: 要するに『資本論』を原理論とし、それから段階論を経て、社会主義的変革の実践活動に役立つような現状分析にいたるという社会科学に特有な方法を明確に認めるということが…

猪木正道『新版 増補 共産主義の系譜』(1949, 1969, 1984, 2018)

トロツキーとスターリンの対比、資本主義と共産主義の対比、宗教と唯物論の対比などが縦横に語られる第六章「スターリンとスターリン主義」は特に読みごたえがあった。 なるほどソヴェト共産主義は基本的人権を蹂躙しているであろう。しかしそれでは西欧民主…